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阪神大震災25年 本庶佑さんが語る都市復興

神戸医療産業都市推進機構理事長

(更新)

阪神大震災の復興の教訓を他都市に伝えるとすれば、人のまねではなく、自分たちの独自性を打ち出して新たな得意技をつくるべきということだ。保証はできないが、うまくいく可能性はある。

神戸は日本で誰も掲げていなかった「神戸医療産業都市」構想推進を決めた。震災後、野っ原だった人工島のポートアイランドの南側でほぼゼロからのスタートを目指した。私も構想議論にも加わり、医療機器や再生医療、医薬品開発について産業的視点から検討を進めた。だがその時点では成功するかどうかも分からず、当時は神戸の医師会なども反対した。

今すぐ役に立つものは誰もが納得するが、その程度のアイデアはすぐ駄目になる。全国に先駆けたユニークな制度を整えたことで、現在では関連する368社・団体が集積する日本最大のクラスター(集積地)に成長し、医療都市内で1万1千人の雇用を生んだ。

結局、復興ですぐ食べられる「握り飯」を取るか、育成に時間のかかる「柿の種」を取るのか。船やロケットを造る計画でも5年や10年といったスパン。生命科学は半世紀かかって花が開く。例えば(自身が携わる)がん免疫治療薬「オプジーボ」の売上高は今後大きく伸びる見込みだ。神戸からも1000億円規模の医薬品の創出はありえる。

本庶佑・神戸医療産業都市推進機構理事長

訳も分からないものになぜ金を出すのか、政治家も含めあまり理解されない。それでも復興重視で予算が限られていた当時、神戸市が陣頭指揮を取って各所に説得して回った英断は語り継がれるだろう。

ただ、神戸の復興モデルを模範として「この通りにやりなさい」とは言えない。神戸は25年たって医療都市が得意技になった。まねするのではなく、どんなプロセスで進めていくべきかは他の都市に学んでもらったらいい。

今後の課題は人材養成だ。日本は人口減少が進んでいるため人材の質を高めなければならない。「大企業に入れば安泰」という若い人の大企業病を変える支援体制が必要だ。ライフサイエンスはどこに創薬の種があるかわからない。企業内研究者は社内だけではレベルアップが難しい。自分のアイデアを生かして起業し、高度なノウハウを学べる場所を整えることも必要だ。

神戸医療産業都市の柿は「青い実」がなり始めたころだ。10年もすれば創薬や医療機器の分野での収穫が始まるだろう。

(聞き手は沖永翔也)

1995年1月17日の阪神大震災からまもなく25年。戦後初の大都市直下型地震の教訓、後世に伝えるべきことを各界の有識者に聞いた。

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