ガンダムをアニメから本物に 未来を拓く奥山清行さん
編集委員 小林明

フェラーリやマセラティなど世界的な高級スポーツカーを手がけてきた工業デザイナー、奥山清行さんが「機動戦士ガンダム」(通称=ファーストガンダム)の放映40周年を記念したプラモデル「HG1/144ガンダムG40」をデザインした。ガンダムの大ファンだったという奥山さんが取り組んだのが「アニメとガンプラの間の矛盾の解消」。高さ18メートルの戦闘用ロボットを実際に動かすにあたり、必要となる構造やフォルムを工業デザイナーの視点から総点検し、一切の妥協なくデザインしたという。ガンダムをアニメから本物のロボットに変身させる挑戦だ。
今回のプロジェクトに込めた思いやアニメやデザインが持つ魅力や可能性などについてインタビューした。
「機動戦士ガンダム」見たのは武蔵美2年、ロボット兵器に衝撃
――「機動戦士ガンダム」の放映が始まった1979年は武蔵野美術大2年だったそうですね。
「僕はリアルタイムで熱狂的な『機動戦士ガンダム』ファンだったんです。ちょうど受験が終わり、山形から上京して一人暮らしを始めた時期でしたから、大好きでテレビ放送をよく見ていました。戦闘とか、生と死とか、裏切りとか、恋愛とか、ストーリー自体が大人向けの人間的なドラマで内容が深かったし、なによりもリアルなロボット兵器がアニメとして登場したことに大きな衝撃を受けた。それまでのアニメにはあまりなかったことなので……」

――どんな経緯でガンプラをデザインすることになったのですか。
「バンダイスピリッツ(東京・港)さんから、『機動戦士ガンダム』放映40周年を記念したガンプラを発売するのでデザインしてほしいという依頼いただいたんです。僕はずっとガンダムのファンだったし、いつかはガンプラをデザインしてみたいと思っていたので『ついに夢がかなった』と喜んでいました」
――アニメとガンプラとの間にあった矛盾とはどんなものですか。

「『機動戦士ガンダム』はガンプラが登場する前に制作されたアニメ。つまり、プラモデルにすることを想定せずに描かれたアニメなんです。だから胴体のねじれとか、腕や腰、足など体の各部分が、厳密に言うと、ロボットとして実際にはありえない動きをする。その点がガンプラ制作を前提に描かれた『機動戦士Zガンダム』(1985年から放映)などとは根本的に異なっている。そこで僕は『機動戦士ガンダム』のオリジナルの姿をできるだけ変えずに、工業デザイナーとしてガンプラとアニメとの間の動きの矛盾やギャップを整理し直し、デザインの力で埋めてゆきたいと考えたんです」
ファーストガンダムの姿を尊重、スカートからパンツに戻す
――どうやって矛盾を解消したのですか。
「分かりやすく言うと、ファーストガンダムのアニメと同様、ガンプラにもスカートではなく、パンツをはかせて動かすことにしました。ガンプラでおなじみのあの装甲が割れるスカートのような腰回りの構造は、ガンプラが進化する過程で足や腰の可動域を広げるために生まれたもの。だからファーストガンダムではパンツだったのに、『機動戦士Zガンダム』など次の世代のガンプラではスカートに変化していった。それはそれで悪くないのですが、一方でファーストガンダムのオリジナルの姿からはかけ離れてしまうというジレンマも抱えることになった」

「スカートのようなギミックを使わず、パンツのままでロボットの体を動かすには様々な工夫が必要です。そこで股関節が回転可動でブロックごと下に移動するような球体関節を付けたり、大腿部に可動軸を設けたり、可動域が広がるようにデザインし直しました。実現したかったのは、膝が胸に付くくらい曲がったり、右手が左肩に触れることができたりすること。劇中のポーズをすべてガンプラで自在に取れるようにしたかった。それを現在の技術で実現しようと挑戦してみたんです」
待ち望んでいた仕事、18メートルのロボットを本気でデザイン
――特別な思い入れがあったんですね。
「ええ。ずっと待ち望んでいた仕事でしたから……。大げさに言えば、利益度外視くらいの覚悟で取り組んでいました。実際に人間が乗り込み、操縦できる高さ18メートルのロボットとして、本気でデザインしたんです。ひとつひとつあげると切りがありませんが、たとえば胴体に収納されるコックピット兼脱出カプセルの『コア・ファイター』。大きさや形状などを正確に割り出し、噴射口、装甲の厚み、ノズルや羽根の折り畳み、操縦かんやパネルの形状、配置など内部構造をどうすべきか考え、実際に動かすことを想定して設計しました。頭部のメインカメラなども後方まで動くことをデザインでは想定しています。かなり大変な作業でしたが、矛盾点をひとつひとつ潰しながら、考えられるあらゆる状況を想定してすべてを詰め込み、実際に動かせるロボットとしてデザインのパッケージを成立させました」

「ガンプラは1/144のサイズですが、鉄道や自動車をデザインしたのと同じように無数のスケッチやレンダリングからCAD(コンピューターによる設計)、3Dによる設計などのプロセスできちんと検証しているので、1/1のスケールのロボットとしてもそのまま動かせます。デザイン上、なんら問題はありません。設定には書いていないことをすべて突き詰めていった感じですね。ウソやごまかしが一切なく、自分でも納得できる機構とフォルムに仕上がりました。ほかにも胸部の側面などは完全な平面ではなく、微妙にアールをつけた曲面に仕上げ、高級感が出るようにこだわっています」
ムービーとガンプラが同じように動く、アイデア育てるプロジェクト
――ガンプラとともにスペシャルムービーも制作されるそうですね。
「ガンプラを徹底的に突き詰めてデザインしたので、ムービーに登場するロボットはガンプラとまったく同じように動きます。逆にガンプラにはムービーとまったく同じ動きをさせることができる。面白いですよね。ムービーは監督の松尾衡さんに作っていただいてますが、どんな作品になるのか楽しみです(1月1日公開)」
――今回デザインしたガンプラには新しい技術革新のヒントが詰まっているわけですね。
「はい。僕にとっては、新しい事業やアイデアを育てるためのインキュベーションに必要なプロジェクトだったと思っています。自己を啓発し、社会問題を解決するためには、全体の2、3割くらいはあえてそういう仕事に取り組む必要がある。現在、自分はこういう問題意識を持っていて、こういうことができるということをいつも社会に積極的にアピールし続けないといけない。そうでないと工業デザイナーとしての存在意義が薄れてしまうし、本当にやりたい仕事が外から来なくなってしまいますから……」
――99年から放映された「∀(ターンエー)ガンダム」のメカニックデザインは「ブレードランナー」「スター・トレック」など映画のセットデザインを手がけた米工業デザイナーのシド・ミードさんが担当しました。
「シド・ミードさんは僕の母校、米アートセンター・カレッジ・オブ・デザインの偉大な先輩ですから感慨深いです(シド・ミードは卒業後、フォードなどで自動車デザインにかかわった後、映画界に進出)。『∀ガンダム』で彼は従来のガンダムとは異なる世界観を打ち出しましたが、僕がそれと同じことをしても仕方がない。40周年記念のガンプラのデザインを通じて、自分ならではの役割が果たせたのではないかと考えています」

アニメから常に大きな影響、見直される2Dの魅力
――アニメの可能性についてどう考えていますか。
「振り返ると、僕は昔からロボットアニメが好きで見続けてきたし、大きな影響も受けてきました。もともとは特撮番組『サンダーバード』や月面着陸したアポロ11号が好きでテレビ画面を見ながらスケッチを描いたり、粘土で模型を作ったりしていましたが、『鉄人28号』『マジンガーZ』『グレートマジンガー』『ゲッターロボ』などのロボットアニメが登場すると、それにのめり込み、夢中で見るようになっていた。そして中学時代の『宇宙戦艦ヤマト』、大学時代の『機動戦士ガンダム』へとつながります。後に僕はイタリアに渡り、フェラーリやマセラティなどを顧客に抱えるイタリアの名門デザイン工房、ピニンファリーナに移籍しますが、その際には僕が描いたアメコミ風のスケッチが採用の決め手になったりしている」

――3D技術が登場し、アニメの表現方法も飛躍的に進化しています。
「でも手描きの2Dのアニメが3Dに劣っているのかというと、必ずしもそうとは限らない。ディズニーや『トムとジェリー』など昔のアニメの柔らかくて美しい動きは相変わらず素晴らしいし、キャラクターがパチンと潰されて薄い紙のようにペラペラになってしまうような表現も、現実にはありえないけどすごく面白い。浮世絵の芸術性がいつまでも廃れないのと同じです」
「平面のアニメの方が人間はむしろ頭を働かせながら見ているから、3Dにすることで逆に選択肢を固定してしまう弊害もある。最近では2Dの良さが見直されています。これからアニメがどう発展するかすごく楽しみです。もっと面白いものがどんどん生まれてくるんじゃないでしょうか」
(聞き手は編集委員 小林明)
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