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「株主8割、環境や従業員2割で経営」小林喜光氏

格差の拡大や気候変動が問題視されるなか、日本企業は資本主義の変化をどう受け止め、株主を含む社会と向き合うべきなのか。「哲人経営者」と呼ばれる財界きっての論客、三菱ケミカルホールディングス(HD)の小林喜光会長に聞いた。

 小林喜光氏(こばやし・よしみつ) 東大院修了。イスラエルのヘブライ大学留学を経て74年(昭49年)三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。15年三菱ケミカルHD会長。前経済同友会代表幹事。理学博士。山梨県出身。73歳

「人類何万年で最大の変革期」

――資本主義の行き詰まりは企業経営にどのような課題を突きつけていますか。

「米トランプ政権の自国第一主義などグローバル化に逆行する流れが起きている。データが資本主義の基本となることで、独占が生じやすくなる。格差を是正すべき政治が機能してこなかったからだ。技術的には人間の知識だけでなく、感覚や知覚までがコンピューターに置き換わる時代が来ている。人類が何万年と経験してきた中で最も大きな変革期に入っているという認識を持たないと本質を見誤る」

「化石燃料を燃やし続け二酸化炭素(CO2)の排出やプラスチックゴミの問題を放置した結果、環境問題も気候変動という形で実感できるところまで来ている。このままでは経済がどうこうではなく、地球が破綻する恐れがある。もろく、予測不可能な時代の中でどう経営すべきか問われている」

――「株主第一主義」「利益至上主義」の修正が必要だとする声もあります。

「企業経営は当然、株主を中心において利潤を追求し税金を払うべきだ。それがいい循環をもたらす。しかしそこに社会性が必要だ。環境や社会を重視するESGマネーが株式に投資する規模は、世界の時価総額の2割程度だ。そこから考えて企業は今後、2割は地球や顧客、従業員といったステークホルダー、残りの8割は株主の利益を考えて経営する、という感じでいいのではないか」

――日本は「株主至上経営」が定着せず、その一方で低成長が続いてきました。

「日本企業は『もうける』ということに非常に疎かった。買い手、売り手、世間を満足させる『三方よし』の経営を、自己資本利益率(ROE)が10%にも届かないことの言い訳にしてきた。従業員のため、と言いながら現実は従業員の給料は上がらず内部留保ばかりがたまった。この30年間、金融を除いた日本企業全体の売上高は横ばい。それなのに現預金は増えている」

「海外と比べて日本の経営者がリスクを取らなくなったことも反省しなければならない。中国では企業が政府と一緒になってリスクに果敢に挑んでいるが、日本企業は本当に投資をしなくなった。日本は三方よしの経営をしてきたとも言えず、ただ停滞しているだけだ」

「非財務で世界の評価軸できてくる」

――三菱ケミカルでは株主以外のステークホルダーにどう配慮していますか。

「常に3つの軸を意識している。もうけの軸、テクノロジーの軸、そして社会性の軸だ。勝てるアスリートは心技体のバランスがとれていて、企業もそれと同じだ。例えるなら、技はイノベーション、体は資金、そして心は社会性といったところか。もうけの軸8割、残りの2軸をそれぞれ1割という意識で経営している」

「社内では2007年ごろから『KAITEKI経営』と言ってきた。高齢化や地球環境という課題を見据えて何をすべきかを考え、持続可能性、健康、心地よさの3つに寄与する事業に投資していこうと決めた。例えば炭素繊維は仕込みの期間を経て、社会に貢献するようになった」

――利潤の追求と持続可能性は両立できますか。

「三菱ケミカルHDでは田辺三菱製薬大陽日酸など事業ごとに、中期経営計画で掲げた温暖化ガスの削減などの目標からみた現在の立ち位置を点数化している。それを営業利益の軸と比べてみると、利益を稼ぎ出している事業ほど、持続可能性の達成度が高いという関係がある。負の相関にはなっていない」

「将来的には環境、人、社会に与える影響に関する非財務内容を数値化していく方向に進む。業種ごとの違いを調整するといった工夫は必要になるだろうが、最終的には大きな枠組みで世界で共有できる評価軸ができてくるだろう」

記者はこう見る「日本企業、『利益追求』道半ば」 増田咲紀


 米経営者団体のビジネス・ラウンドテーブルは2019年8月、20年以上にわたって標榜してきた「株主第一主義」を修正し、従業員や地域社会なども含めた幅広い利害関係者に配慮した経営に切り替えると宣言した。企業に「株主のための利益追求」を求めてきた米国型の資本主義にとって大きな転換点となる。
 株主第一主義は米経済学者ミルトン・フリードマンが強く主張した。「企業はぶれずに最大の使命である利潤追求だけに集中して、社会を豊かにする。格差の拡大などにどう対処するかは政府の役割」と割り切って考える。だが、過度の利益追求が所得格差につながって不満が無視できないほど大きくなり、ついに方向転換を迫られた。
 これをもって「株主第一主義はやはり間違っていた」「日本では昔から株主以外のステークホルダーも重視した経営をしてきた」といった声も出ているようだ。ただ、米国と日本の企業には大きな違いがあり、同列に論じるのは難しいのではないだろうか。
 例えば、株主に託された資金をいかに効率的に利益に結びつけているかを示すROE(自己資本利益率)。米企業は約15%と高い。日本企業は徐々に水準を切り上げてきたとはいえ、いまだに10%前後にとどまる。日本では米アップルのように急成長して世界で戦うようになった企業は長らく生まれていないし、その一方で、多額の現金を使い道もないまま抱え続ける企業もまだ多い。
 小林会長は「日本企業は『もうける』ということに非常に疎かった」「海外と比べて日本の経営者がリスクを取らなくなった」などと述べた。日本企業が抱えているのは「利益追求の姿勢が甘い」という米企業とは正反対の問題だとの指摘だ。
 日本でもIT(情報技術)産業の拡大で今度は格差が拡大しやすくなる可能性がある。気候変動への対応も必要になるだろう。それらの課題に加え、利益追求という本来の使命も道半ばだ。日本企業は多くの目標を同時に追えるだけの経営力を求められる時代になってきた。

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