アニメ映画で声の演技 声優の技術を実感(井上芳雄)
第59回
井上芳雄です。今年もよろしくお願いします。劇場公開中のアニメ映画『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』で声優をやらせていただきました。できあがった映画を見て、日本のアニメの技術の素晴らしさに感銘を受けると同時に、声優さんのスキルのすごさを実感しました。

映画は、堀越耕平さんが週刊少年ジャンプに連載されているマンガ『僕のヒーローアカデミア』が原作。総人口の8割が超常能力"個性"を持って生まれる世界で、人々と社会を守る職業・ヒーローになることを多くの若者が夢見るなか、無個性で生まれてしまった主人公・緑谷出久(デク)が一人前のヒーローを目指して成長していく姿を描く物語です。僕はシリーズ最凶の敵<ヴィラン>であるナインを演じました。ナインは自らの理想を果たすべく、ある標的を狙い、デクたちのいる那歩島(なぶとう)を襲います。
アニメの声優を務めるのは、2013年のディズニー映画『プレーンズ』、17年の『ソードアート・オンライン』以来、3回目。今回のアフレコ(声の録音)は19年9月にあったのですが、その段階ではほとんど丸みたいな絵を見ながら声を入れました。丸が動いて、ナインと書かれていたところで、監督から「○○を言ってください」と指示されるという具合です。
だから正直、どういうシーンかはっきり分からないまま声を出していました。戦いのシーンがけっこう長く、「うっ!」とか「あっ!」とか言うのですが、実際はどういう攻撃を受けているかよく分かってなかった。それで完成した映画を見たら、やっと、こういうストーリーで、僕の役はこんなに強くて、悪い役なのかと(笑)。
すごく壮大なスケールだし、日本のアニメの技術は本当に素晴らしい。特に戦闘シーンは、スピード感も想像をはるかに超えていて、どうやってこれを描いているのか驚きました。やっぱり完成させるには公開のギリギリまでかかるだろうな、というくらい複雑なので、アフレコの時点では丸だったのもしようがないのかもしれません。

それにしても面白いのは、アニメの声優だとなぜか悪役のオファーが多いことです。前の『ソードアート・オンライン』も悪い役だったので、そのイメージがあったのでしょうか。自分では、悪の声ではないように思うのですが(笑)。どうして僕が呼んでいただけたのかはわからないのですが、ひとつ客観的に思ったのは、声優さんたちの中に、ミュージカル俳優である僕のような畑違いの人間が入ることで、作品に違う風を吹かすことができたのかな、ということです。
ただ、ナインはめちゃくちゃ悪くて強い。最大の敵なので、僕の声がそれに耐え得るのか、ちゃんと悪になっているのかは、毎回不安ではあります。アニメは海外でも人気があるので、世界中のファンに対して、僕の声で大丈夫なのか、という心配も。

声優をやるたびに思うのは、絵と合わせて見ると、もうちょっと声に抑揚をつけたほうがよかったのかな、ということ。アニメの絵は、人間ほど細かく表情が変わるわけではないので、役柄の心理を表現するときは、多少デフォルメした声だったり、特徴がある声だったりしたほうがよいのかもしれない。でもそれって技術だし、僕が声優さんのまねをしようとしても一朝一夕にはできないから、結局いつもの通りやるしかない。そう考えると、声優さんの技術はすごい。専門的な勉強をきちんとされてきたプロフェッショナルだと実感しました。
例えば戦闘シーンになると、声優の方々はせりふだけじゃなくて、吐息や動いているときに出る声まで自然に出します。飲み物を飲む音もうまいものです。訓練しないとなかなかできないことだと思います。
ちなみに僕の場合なら、声優の仕事でしか出さないような声というと……例えば戦闘シーンで、「死ねー!!!」みたいなセリフは舞台でも出さない大声を出します。だから声優の仕事では、けっこう幅広い声を使わないといけません。

「何分何秒」からいきなり演技に入れる技術
声優さんの技術で一番驚くのは、「何分何秒」という決まったところから、いきなり演技に入れること。舞台はその気持ちになれるまで自分で間をとったり、相手のせりふを受けたりしてから返します。ところが、アニメのアフレコを1人でやっていると、相手のせりふも何もなくて、その瞬間から演技を始めなければいけない。慣れなのかもしれませんが、やはりいきなり気持ちの流れをつくるのは、僕ら舞台俳優には難しい技術です。
そんな裏話もありつつ、『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ヒーローズ:ライジング』という映画自体もすごく面白い。ヒーローになりたい人たちが集まって、ヒーローになる勉強をしている学校が舞台。"個性"というおのおのの武器があって、それを生かして戦うという設定が面白いと思いました。
個性自体は実際にあり得ないような特殊な能力ですが、その設定だけをとれば、今の世の中と全く一緒だと感じます。現実の社会でも、ヒーローになりたい人もいるだろうし、それを求めている人もいるだろう。自分の個性をどうやって見つけるか、生かすかというのは、誰しもが抱える課題だろうし、その中で友情があったり、憎しみがあったりというのも、現実社会と変わらない。とても共感できる話だと思いました。ぜひ映画館で楽しんでいただければ、うれしいです。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第60回は2020年1月18日(土)の予定です。
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