大阪・アメリカ村に楽器店集結 街の空気と共鳴
とことん調査隊

関西タイムライン
関西
2020/1/14 2:01
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「真夏の果実」「ハナミズキ」といった往年のJポップをアコースティックギターで練習することがマイブームの記者(28)。新しいギターが欲しくなったので楽器店を探したところ、大阪市の心斎橋地区の「アメリカ村」にたくさんある。若者向けの雑貨店や衣料品店などが並ぶアメリカ村に、どうして楽器店が密集しているのか。現地に行って調べてみた。

アメリカ村は大阪市中央区西心斎橋付近を示す通称で、老舗として知られる三木楽器(大阪市)は1994年に出店した。アメリカ村では商業ビルの「ビッグステップ」が93年、「心斎橋オーパ」が94年にそれぞれオープンした。ランドマークの誕生で「アメリカ村の知名度が上がり、勢いもあった」(三木楽器)。そこで若者の需要開拓を狙って開店したのだという。

同社は現在、音楽好きのコアなニーズに応えるため、ギターやベースなど楽器ごとに専門店を設けている。DJ機材専門店を含め、アメリカ村で4店を運営する。東京都に本社を置く楽器店も2000年以降に進出し、ビッグステップ近辺を中心とした半径約50メートルの範囲に8店がひしめく「楽器街」を形成した。

ミュージックランド(東京・新宿)は03年、アメリカ村の北側にある梅田地区から移転してきた。そのころJR大阪駅周辺の再開発計画が公表され、工事の影響を避けようと心斎橋地区などに出店する動きがあった。同社も商圏が南側に移りつつある状況を受けて「賃料など条件のいいアメリカ村を選んだ」。

07年出店の池部楽器店(東京・千代田)は当時、中古品やアウトレット品を販売していた。古着店の多いアメリカ村のイメージは営業方針と合っていた。石橋楽器店(同)は入居していた「心斎橋パルコ」が11年に閉店したため移転した。三木楽器をはじめとする有力楽器店がすでに立地し、集客が期待できることを理由のひとつに挙げる。

主要顧客である若者が訪れるほか、アメリカ村のイメージも楽器店に適していることが楽器街をつくった要因だと分かった。ただ、東側の心斎橋筋商店街も若者でにぎわっている。アメリカ村でなくてもいいのではないかとの疑問には、不動産サービス大手のCBRE(東京・千代田)の橋川剛シニアディレクターが「心斎橋筋商店街の賃料が高いため、アメリカ村を選んだのでは」と答えてくれた。

取材をするなかで興味深い話を聞いた。現在は楽器街の第2期で、80年代にも集積していた時期があったという。80年代は洋楽ブームからアメリカ村でも複数のレコード店が軒を連ねていた。小規模な楽器店もいくつかあり、うち1店はいまも営業している。

80年開業の「トップ・ザ・ギター・ジェントリー」はオーダーメードのギターとベースを扱う。創業者で先代オーナーの有原孝行さんは「物件が安かったからアメリカ村を選んだ」と話す。資金に余裕はないけれど自分の店を出したい人が集まり、個性的な古着店やサーフショップなどを開いていった。そのなかに楽器店もあった。しかし、次第に減っていった。

再び楽器街となった現状を有原さんはどう見ているのだろうか。「大きな楽器店が出てくるたびに『やった』と思っていた。自分の店は特色があるので、他店を脅威と感じなかった。楽器街としてお客に来てもらえるからメリットしかない」と歓迎する。

「アメリカ村に大人が戻ってきている」。店舗経営者らでつくる「アメリカ村の会」の四月朔日(わたぬき)幸平会長は最近の様子をこう指摘する。「かつて遊んだ経験から愛着があるのだろう。そんな大人も楽しめるよう、楽器店は高価な商品を置くなどしている」と話す。幅広い世代を受け入れる音楽街へと変わりつつある。

(川原聡史)

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