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世界に誇る文楽、3人一体で人形躍動

技芸継承へ 終わりない研鑽

楽屋で弟子を指導する人形遣いの二代吉田玉男(左)(2019年11月、大阪市中央区)

大阪発祥の伝統芸能、人形浄瑠璃文楽。人形1体を3人で遣う世界に類を見ない様式を江戸時代から約300年間守り続けてきた。全体を主導する主(おも)遣い、左手を操る左遣い、足を動かす足遣いがぴたりと息を合わせ、舞台で躍動する。人形の顔は人間以上にリアルな表情を見せる。独特の技芸はどのように磨かれ、どのように継承されてきたのだろうか。

2019年11月。大阪・日本橋の国立文楽劇場は人気演目「仮名手本(かなでほん)忠臣蔵」の上演(2~24日)とあって連日ほぼ満席のにぎわい。中日を過ぎた頃、主役の大星由良助(おおぼしゆらのすけ)を勤める人形遣い、二代吉田玉男の楽屋を訪ねた。「右足が下がっている」「そのまま前へ」。弟子たちを前に熱のこもった指導の真っ最中。ピーンと張り詰めた空気が漂う。弟子たちはみな一様に師匠の一挙手一頭足を見つめている。

人形遣いになるには、直接弟子入りするか研修制度の審査に合格するかのどちらかだ。入門すると師匠のもとで修業が始まる。「足10年、左15年」といわれる長い道のり。足遣い、左遣いを経て認められれば大役の主遣いにたどり着く。教えをよく聞き、師匠が人形をどう遣うか観察しやってみる。舞台でできなければ習得したとはいえない。

師匠玉男の横で足遣いを勤めたのが入門8年目、30代前半の吉田玉路(たまみち)だ。11月半ば、舞台裏で師匠に呼び止められた。「庭に下りるところが三味線と合っていない。間が足りない」。庭に下りるところとは由良助が息子力弥の嫁となる小浪の父、加古川本蔵に討ち入りの計略の一端を披露する場面。三味線の音が一瞬止まり、一気にテンポが速くなる。それに合わせて足を動かしていく。玉路は「自分で気付いて直していかないと」と気を引き締める。

左遣いが多い吉田玉佳は「師匠からは力を入れ過ぎないようにと言われる」という。左遣いは主遣いの動きに合わせ、差し金と呼ばれる棒で左手を動かし3人の一体感を演出する。陰で人を操る意の「差し金」の語源ともいわれ全体を左右する。主遣いが病気などで出演できない時は代役を勤める。「肩の力を抜き人形全体、舞台全体を見渡しなさいという教えだと思う」

四代豊松清十郎、二代桐竹勘十郎、現在の三代吉田簑(みの)助の3人の師匠に仕えたのが五代豊松清十郎だ。「先代からは見せ場の山づくり、勘十郎師匠からは流れるような動き、簑助師匠からは芸の厳しさを教わりました」。どの教えにも共通しているのが足遣いの基本の重要さ。「重心を低く腰を落とす。足遣いの時に学ぶ基本の大切さを若手に伝えたい」と清十郎は話す。

若手が先輩から直接学べる公演がある。毎年6月に東阪で合計4回行う「文楽若手会」だ。若手が大役の主遣いを体験し、先輩が左遣いとして指導する。師匠の助言も受けられる。だがこうした研鑽(けんさん)の場はまだまだ少ない。このため民間公演や自主的な公演で技芸を磨く場を広げる若手や中堅も多い。40代前半の吉田簑紫郎は「発表の場をもっと増やす。最近は女形が多いが立役(たちやく)を含めどんな役でも遣いたい」と意欲的だ。

「仮名手本忠臣蔵」は討ち入りを果たした浪士たちが主君の墓前で焼香し、仁王立ちして幕となる。正面を見据え高揚感に浸る由良助。客席から大きな拍手が湧き起こる。だが公演後、玉男に手応えを聞くと「まだまだです」という。「首(かしら)は眉が動かない『孔明』。『目線を付ける』という先代の教えをもっと意識しないと。気品と風格をどう出すか。先代に近づきたい」。先代の言葉を今も胸に刻み、目の前に人形があるかのように手を動かす玉男。研鑽に終わりはない。

未来の担い手 どう確保

未来の担い手をどう育てるのか――。かつては師匠が自ら弟子をとるケースがほとんどだったが、最近は国立文楽劇場などを運営する独立行政法人・日本芸術文化振興会が、国の助成を得て行う研修制度の修了者が増えてきた。文楽では太夫、三味線、人形遣いの合計で6割近くに達する。世襲や縁故に頼らず、人材を幅広く受け入れている。

全技芸員に占める研修修了者の比率は昨年10月末時点で56%。10年前の51%から5ポイント上昇した。歌舞伎俳優の32%、能楽7%などに比べて高さが目立つ。日本芸術文化振興会の担当者は「文楽には世襲がほとんどなく、歌舞伎のような直接入門も少ない」という。

研修には全国から多様な人材が集まる。23歳以下が条件だが、企業や民間劇団に在籍した者や中学・高校の卒業生もいる。研修は2年間。太夫、三味線、人形遣いの基礎を学び、8カ月以内に適性審査を行う。専攻が決まった合格者は専攻技芸中心に勉強する。

国立文楽劇場では今夏以降、第30期生を募集する。農端徹也支配人は「一般家庭からでも人間国宝になれるチャンスがある。意欲のある若者にどんどん志願していただきたい」と話す。

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