「デジタル人民元、アメリカの警戒心弱く」アリソン氏
1978年の改革開放以来40年間、中国は高成長を続けてきた。さらなる国力増大へデジタル技術に磨きをかけており、米国との覇権争いを演じる。日米欧など自由資本主義と相いれない国家資本主義の台頭は何を意味するのか。新旧の大国が衝突を繰り返した歴史研究で有名な米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授に聞いた。
「政党指導の経済、高度に発展」
――中国は国家資本主義のもと急速な経済成長を遂げてきました。
「中国政府の『政党指導の資本主義』が、貧困の激減など経済発展の面で大きな成功を収めてきたのは明白だ。(改革開放が始まった)40年前から、政党が指導する市場経済は他の経済システムよりも高度で持続的な発展をなし遂げてきた」
「中国の成功が意味することは、自由資本主義も含めて全ての市場経済はその国の政治による統治のうえに成り立っているということだ。政治による管理が経済発展などにプラスだと判断すれば、管理強化に向けた動きが加速するのは自然だ」

「『経済発展には個人の自由が不可欠だ』と長年言われてきたが、中国は必ずしもそうではないことを証明している。中国政府はこの40年間、居住地や仕事、結婚などあらゆる自由を国民に認めてきたが、習近平体制になってからは政治的な束縛が強まった。今の体制をどう続けるかは中国政府にとって試練だ」
――「一国二制度」をうたう香港では中国政府の統治が強まり、デモなど混乱が収束の兆しを見せていません。
「私としては、香港のデモ隊と警察の衝突において、暴力の少なさに驚かされる。控えめなのは中国政府も同じだ。世界中が香港問題に注目していることを意識している。金融ハブとしての香港の位置づけも弱めたくないのだろう」
「米ドルが基軸、中国には不公平感」
――中国は米国とデジタル覇権を争うなか、デジタル通貨の研究も加速しています。
「中国は分散型台帳(ブロックチェーン)技術を使ったデジタル通貨の発行を検討している。他国との金融決済や原油取引に使われれば競争力のある通貨システムになりうる。米ドルよりも信頼できる通貨になる可能性もあるだろう」
「そもそも中国などからみれば、米ドルが唯一の基軸通貨であることが不公平だ。米国がイランの経済制裁を強めた際、米国を支持しない国は国際決済システムからはじき出し、米ドルの使用を制限すると脅した。こうした動きは不公平だと感じる国に、新たな基軸通貨を作るインセンティブを与える。米国はその点にあまりにも悠長だ」
――自由貿易主義国でもポピュリズム政治の台頭で、政治と経済の関係が変質しつつあります。
「今日の米国では、(高度人材の移民受け入れ制限など)政治的な利害対立が経済発展を妨げている。他の先進資本主義国も同じような課題を抱えている」
「格差が表面化する一方、多くの市民は市場経済や資本主義をよく理解していない。『資本主義が最良の経済体制だ』と信じているが、その長所や短所に関する教育や議論は十分でなかった」
記者はこう見る「経済圏の分断を避ける努力必要」 川手伊織
米中両国は2019年12月、貿易協議で第1段階の合意に達した。とはいえ、米中貿易摩擦の行方は見通せず、デジタル分野をはじめ両国の覇権争いは今後も続きそうだ。中国は中央銀行によるデジタル通貨の発行を視野に入れ、人民元の国際化という中長期的な狙いも見え隠れする。
アリソン氏はデジタル人民元が競争力を持つ通貨になり得るとの見方を示す。中央銀行によるデータの収集・管理を通じて、資金移動の把握や金融取引の透明化を実現しやすくなる利点を証明できれば、新興国にも利用が広がる可能性はある。
アリソン氏によれば、過去500年間の16回の覇権争いで12回は戦争に至った。歴史に学べば、米中の衝突も非常に危険と言える。デジタル人民元をテコにして人民元経済圏が広がれば、ドル経済圏との間で分断が起こる恐れもある。
日本にとってアジアは重要な貿易相手国だ。単なる輸出先にとどまらず、サプライチェーンは複雑に絡み合っている。財務省の貿易統計によると、18年の日本の輸出入総額を相手国・地域別にみると、中国は21.4%とトップ。アジアとの取引は全体の5割を超す。
世界経済の分断は国際分業の観点から効率が落ちる。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは「米国抜きの環太平洋経済連携協定(TPP11)の拡充や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の推進は分裂リスクを抑えるうえでも重要だ」と指摘する。日本も地政学を踏まえてリスクに対処する努力が求められる。
関連企業・業界