香りや触感も再現 VRショッピングの現実味

VRは既に大きな市場だ。CBインサイツの業界アナリスト予想によると、世界のVRヘッドセットの市場規模は推定315億ドル相当に上り、年8.5%伸びている。端末の価格が下がり、ゲーム愛好者の間で普及が進んでいるのが急成長の要因だ。
VRをショッピングに活用する実証実験もかなり進んでいる。VR技術と芳香などの関連技術により、実店舗とオンラインの買い物体験の境界は曖昧になりつつある。
小売り各社はVRによる視覚効果の向上、触感なども活用する没入体験、人間の店員へのアクセス拡大で顧客との関係を強化し、返品リスクを抑え、さらに質の高いサービスを提供しようとしている。
VRが変える実店舗の売り方
仮想マーチャンダイジングや商品の視覚効果の向上により、実店舗でのVR体験は消費者を取り込む一般的な戦略になりつつある。これは特に車のディーラーや百貨店、家具店など大型の高額商品を扱う小売店に当てはまる。
米百貨店大手メイシーズは2018年、3Dコンテンツ制作の米マークセント(Marxent)と提携し、全米の90店近くでVR体験を提供すると発表した。
顧客はVRヘッドセットを使って自宅の居住空間に商品を置いてみることで、欲しい商品を見つけやすくなる。メイシーズにとっては返品リスクが減り、限られた売り場で幅広い品ぞろえが可能になるため、コストパフォーマンスが向上する。
通販サイト、返品リスク減らすためにVRに注目
電子商取引(EC)プラットフォーム、特にファッションアイテムを販売する各社は商品を簡単に目で確認できるようにすることで、買い物体験を向上させ、返品率を減らすことができる。
高級ネット通販「ユークス(Yoox)」はこのほど、カスタマイズできるデジタルアバター(分身)を使った新たな仮想スタイリング機能を導入した。利用者は自撮り写真を使って自分のアバターを生成し、洋服やアクセサリーを自分の代わりに試着させることができる。

VRは個別のサービスを受けたいが、店舗に足を運ぶのは煩わしいという消費者の葛藤を解決してくれる手段にもなりつつある。

中国・アリババ集団の通販サイト「天猫(Tモール)」は台湾のスタートアップ愛実境(アイステージング)と提携し、実店舗を正確に再現した3D仮想店舗をいち早く提供した。
同様に、米ファッションブランド「ダイアンフォンファステンバーグ(DVF)」は米セールスフォース・ドットコムと組み、消費者がDVF本店を仮想で巡り、商品を購入できる没入感の高いVR体験を開発した。
米ウォルマートも仮想店舗の開発を手がけている。消費者がVRヘッドセットとセンサー内蔵グローブを着けて同社の仮想店舗で買い物する構想を説明し、特許を申請した。
ウォルマートは18年2月にVRスタートアップのスペイシャランド(Spatialand)を買収した直後、特許の申請内容を公開した。

視覚以外の感覚も活用するVRで没入感を高める
完全な仮想店舗はまだ実店舗での体験には及ばないかもしれないが、香りや効果音、触感を加える最近のVRの進化により、実店舗とオンラインでの買い物の境界は一段と曖昧になるとみられる。
スペインのオロラマ(Olorama)や米フィールリアル(FeelReal)などのスタートアップは既に、ヘッドセットの利用者に香りを送ったり、ヘッドセットに直接香りを出す機器を搭載したりし、体験に合わせて香りを発生させることでVRの没入感をさらに高めている。

仮想環境に合わせた音響の開発も進んでいる。英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのある学生はこのほど、全方位の「空間音響」をつくり出すことができるVRツール「ボルタ(Volta)」を発表した。利用者はVRで3Dの物体を動かし、位置や特定の音源の大きさを変えることができる。
米ハプテックス(HaptX)などのスタートアップはVRでの触感の再現に取り組んでいる。同社は触覚グローブとスーツを開発し、利用者に触感を伝えることで仮想世界を「体感」させる。

一方、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームは着脱可能な「肌」を開発した。赤血球よりも薄いこの超薄型の第2の肌は、アクチュエーターで形を変えたり調整したりでき、電気振動を使う場合よりも自然な触感を伝えることが可能だ。
VRでも店員が接客
各社は店員が買い物客にもっと個別に対応できるよう、店員がオンラインと実店舗双方の仮想ショッピングに携わることができる新たな手段も探っている。
米フェイスブックは仮想店舗で店員が接客できるテクノロジーの開発に取り組んでいる。このシステムでは機械学習を使って人間の表情を収集、分析、再現し、同社のヘッドセット「オキュラスVR」でまるで生きているかのようなVRのアバターを生成する。

VR環境以外でも、離れた場所にいる店員がホログラムで実店舗の顧客にリアルタイムに対応することも可能だ。
米カリフォルニア州に拠点を置くスタートアップ、エイトアイ(8i)は複数のカメラで撮影した映像を重ね合わせて立体の人間の「ホログラム」を生成する製品を開発している。視聴者はホログラムの周りを歩くことができる。
ブランドや小売りが検討すべき点
仮想店舗が発展する速さは高品質のVR体験を促進する次世代通信規格「5G」の台頭と、家庭でのVRヘッドセットの普及という2つの要因に左右されるだろう。
中国では5Gがかなり進展しているが、欧米諸国は後れを取っている。各社は中国のEC大手アリババ集団や京東集団(JDドットコム)の動向を注視し、5Gが中国の仮想店舗の発展にどんな影響を及ぼすかをチェックすべきだ。
さらに、VRでの買い物体験を成功させるには、仮想世界で実店舗を再現するだけでは十分とはいえない。ブランド戦略に対するもっと包括的なアプローチを活用することになるだろう。
今後数年は、実店舗以外でブランドの価値観をもっと的確に伝えられるよう、適切な香りや効果音を採用しているブランドや小売りに注目すべきだ。VRを活用すれば重力など物理的法則に縛られない仮想店舗をつくることもできる。実店舗ではできない体験がますます可能になるだろう。
最後に、VR店舗の台頭しつつある2つの機能について触れておきたい。1つは買い物客がより良い判断を下すことに特化した機能で、もう1つは没入的な娯楽を通じてブランド体験を高める機能だ。
1つ目の機能は例えば返品リスクを減らすことで、短期的には売り上げに最も大きな影響をもたらす。ヘッドセットの普及率が上昇し、視覚以外の感覚も使うVR技術が成熟すれば、VRによるブランド体験は大きなチャンスになるだろう。