AI時代の高額報酬 日本企業に必要な賃金改革
グロービス経営大学院教授が「人事システム」で解説

グーグルがホワイトハッカーに150万ドル(1億6千万円超)の報酬を与えると公表し、話題になりました(「『白いハッカー』に高額報酬 グーグルは1.6億円用意」参照)。サイバーセキュリティーが重要なこの時代に、トップレベルのホワイトハッカーの協力を得るにはこのくらいの報酬が必要との判断です。優秀なIT人材を引き付けるためのコストは、今後さらに上がるでしょう。日本企業は対応できるのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授がビジネススクールで学ぶビジネススキル「人事システム」の観点から解説します。
・報酬で見劣りする日本企業
・嫉妬のメカニズムが働く
経営学者のトーマス・ダベンポートは著書の中で、AI時代(IT化、機械化が大幅に進む時代)に人間に残される仕事を5分類で紹介しました。
(2)ステップ・アサイド:機械が苦手としている「人間らしい」仕事。相手の微妙な感情を読み取る仕事や、非常に細かな気配りや手作業での微調整等が必要な仕事など
(3)ステップ・イン:新しい技術とビジネスをつなぐ仕事。IT起業家など
(4)ステップ・ナロウリー:機械に任せるにはコストが見合わない仕事。少数の人間しか知らない専門的な仕事。ある種の料理人、希少動物の飼育係など
(5)ステップ・フォワード:新しいシステムを生み出す仕事。IT専門家、データ・サイエンティスト、ITコンサルタントなど。ホワイトハッカーもこの部類に入る
この中で特に(1)(3)(5)はAI時代を支える屋台骨とも言える仕事であり、彼らの中でも特に優秀な層をどれだけ雇えるかは、今後企業の競争力を大きく左右すると考えられます。記事にあるようなトップクラスのIT人材はフリーランスとして活躍する可能性が高いでしょう。
一方で、彼らとある程度伍(ご)して仕事ができる人材についても、正社員、あるいはそれに準ずる待遇で雇用する必要性は高いと想像されます。少なくとも、数年後にはそうした人材が一定比率いない企業はグローバル競争に勝てないでしょう。

ここで悩ましいのは、人事システムの中でも特に報酬の問題です。報酬制度は従業員の採用や動機付けにもかかわる大事な制度です。一般論として報酬制度は3つの要素から成ります。通常、難しい仕事、重要な割にできる人材が少ない仕事になればなるほど報酬水準は上がります。特に先の(1)(3)(5)の仕事はその要素が強いと思われます。また、実力差が仕事の成果として顕著に出るのもこれらの仕事の特徴と言えるでしょう。
優秀なIT人材をどう優遇するか
おそらく、ホワイトハッカーや同じくらい重要なIT人材をフルタイムで雇用するとすれば、現時点でも2500万円程度の年俸は必要でしょう。シリコンバレーの相場ではそれでも「並み」ですし、中国深圳などのレベルを見ても妥当な範囲です。
しかし、それをホワイトハッカーのボリュームゾーンと思われる20~30代の人間に支払える日本企業がどの程度あるでしょうか。通常のサービス業や製造業であれば、2000万円は役員の年収というケースも少なくありません。つまり、日本企業の多くは、このような人材を雇用することを想定していないのです。
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高額収入のIT人材がいきなり入っても、かなり働きづらいのは明白です。最近、NECが新卒のトップレベルに最大1000万円を支払うと発表しましたが、「定着しなさそう」「周りの嫉妬がすごそう」といったコメントが多く見受けられました。

公平感を持ってもらうのは難しい
嫉妬のメカニズムをもう少し細かく見てみましょう。ステイシー・アダムスの公平理論によれば、「自分のアウトプット(給与や福利厚生など)÷自分のインプット(投じた努力など)」と「他者のアウトプット÷他者のインプット」について、自分の方が低いと感じると、人はインプットをサボったり(仕事の手を抜いたり)、アウトプットを高めるべく自分の成果を誇張したり、場合によっては会社の物品を盗むといった行動をとりがちなことが知られています。
一方、人間は通常、自分のインプットを高く評価するバイアスが働きますので、いくら他人のインプットがすごいと頭では分かっていても、それ以上に相手のアウトプットが高すぎると平穏ではいられません。
時には、優秀な他人のアウトプットやインプットを変えるように働きかけることもあるでしょう。端的に言えば嫌がらせや邪魔をすることで相手の仕事の質を落とし「報酬が見合っていない」という状態にさせようとするのです。「ムラ社会」的意識の強い日本ではいかにも起きそうなことです。

日本企業が取るべき方策は
こうした課題を乗り越える方策としてどのようなものが考えられるでしょうか?
1つは最初から契約形態を変えてしまうことです。つまり、通常の総合職正社員などとは異なり、契約ベースにしてしまうのです。この方法は、「外国人助っ人」を雇いやすくなるというメリットもありそうです。
ただ、このやり方は、不公平感は多少緩和するでしょうが、疎外感を生みかねません。また、雇用の安定に対する不安を与えるいという問題もあります。いくらエッジの立った人材でも、腕に自信があり、転職を全くいとわない人材ばかりとは限りません。スキルの陳腐化が早い昨今、不安定な雇用形式は採用力を損ねる可能性もあるのです。
第2の方法は、AI時代にあわせ、年功的要素の比重を下げ、成果給、職務給(そのポジションに見合った給与を支払う)的な要素を一気に増やすことです。グローバルな人材獲得を考えても、こちらの方が正道といえます。

大きな混乱が起こることも予想されますが、トップが腹をくくれば決して不可能ではありません。むしろ高度IT人材の採用を引き金として一気にそちらに舵(かじ)を切るというやり方もあるでしょう。いずれにせよ、パッチワークにならないよう、全体の整合感をもって一気に人事システム全体を変えることが求められるでしょう。
現代は競争のルールが大きく変わる時代です。進化論になぞらえれば、「強いものが勝つのではなく、環境に適応できるものが残る」という言葉を改めて心に留めるべきです。無駄な残業や、多様性の小ささなども、併せて変えていくべき課題といえそうです。
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
「人事システム」についてもっと知りたい方はこちら
https://hodai.globis.co.jp/courses/d2e02f8e(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)
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