「貨幣が基礎、倫理と公共性必要」岩井克人氏
所得格差の拡大など、資本主義のもとで生まれている問題に批判の声が高まっている。この危機にどう向き合うべきか。理論研究の第一人者である国際基督教大学の岩井克人特別招聘教授は、自由放任で株主主権的な資本主義は理論的に誤りで、公共性と倫理の必要性を確認しなければならないと強調する。
「『米英型資本主義』の理論誤り」
――資本主義の現状をどう見ていますか。
「大きな危機にあることは確かだ。1989年のベルリンの壁崩壊や91年のソ連崩壊で社会主義は全面的にではないものの没落し、資本主義一本やりになった。そこで米英型の自由放任で株主主権的な資本主義と、様々な形の規制をもちステークホルダーの利害を調整する日独型といった選択肢があった」
「当時日本はバブル崩壊に直面し、ドイツも病人と呼ばれるほどの経済状況だった。90年代は米国が未曽有の経済成長を遂げ、欧州では英国が一人勝ち状態だった。その勢いで世界は米英型資本主義に収れんするという考え方が学界やビジネス界、政界を支配した。結果、世界は金融の不安定化や所得格差の拡大、環境破壊という問題を抱えるようになった」
――米英型の資本主義だとなぜ問題が生まれるのですか。
「問題の根源は理論を間違えていることだ。資本主義は貨幣を基礎としている。モノを売ってお金を得るのは、貨幣側から考えるとモノを人に渡してお金を買っている。お金自体は紙切れや金属のかけら、電子情報などで何の役にも立たない。貨幣は純粋な投機であり、投機はバブルの生成と崩壊を起こしうる。完全に自由放任にすると必然的に不安定になる。制御する公共機関や規制がなければうまくいかない」

「所得格差は特に米英で広がっている。最大の要因は経営者が高額報酬を得ていることだ。株主利益を最大化するために、経営者も株主にすればよいということになった。経営者は会社に忠実義務を負うはずなのに、自己利益を追求する機会を与えてしまった。米国で株主至上主義に歯止めがかかり始めたのはいい傾向だが、まだ不十分だ。資本主義には倫理と公共性が必要であると確認しなければならない」
「民主主義も危機に直面している」
――民主主義も揺らいでいると言われます。
「資本主義は1人1票の民主主義に常にチェックされる。社会が硬直しないように自由の余地を残し、資本主義と民主主義がバランスすると、自由民主主義がうまくいく」
「大統領制の米国の民主主義はポピュリズムに陥る傾向がある。米国には政治資金の問題もある。法人にも献金を許すシステムを作り、本来1人1票であるべき政治に資本主義の論理を持ち込んだことが米国の民主主義を大いにゆがめた」
「中国は社会主義的要素が残ったまま資本主義をうまく取り込んだ。米国で資本主義と民主主義がともに崩れ始める一方、中国の国家資本主義は急成長している。発展途上国は中国型の民主主義をモデルにし始めている。こうした動きは資本主義の問題よりさらに大きな危機だ」
記者はこう見る「常に可能性探る」 岡村麻由
記者(24)が生まれたのは1995年。既にバブルは崩壊し、ベルリンの壁やソ連もなかった。日本の「失われた20年」と呼ばれる時代に育ち、米国の圧倒的な経済力のもと「自由放任で株主主権的な資本主義」が台頭することに違和感は抱かなかったように思う。
08年のリーマン・ショックは金融資本主義の暴走、行き過ぎた自由放任の結果といわれる。危機は世界に波及し、父が銀行員だった記者の家庭もあおりを受けた。振り返れば資本主義のひずみを初めて肌で感じた時期だったかもしれない。
近年、トランプ米政権の誕生や英国の欧州連合(EU)離脱など大方の予想に反する事態が起こるようになった。現状に「ノー」を突きつける大きなうねりを感じている。新しい選択が打開策なのか、現状を否定しているだけなのかは注視する必要がある。
インタビューの終盤、岩井克人氏に「私たちが資本主義の多様性を取り戻せる可能性はあるのか」と問いかけると「取り戻さなくちゃならないと思っている」という答えが返ってきた。一記者として、常に様々な可能性を探れるように多様な視点を伝え続けたい。
「逆境の資本主義」 1月1日連載スタート
日本経済新聞は1月1日、連載企画「逆境の資本主義」を始めます。資本主義の歴史を振り返りつつ、その未来を考えます。様々な課題に直面する資本主義の処方箋を探るべく、取材班は世界各地に足を運びました。専門家へのインタビューや豊富なデータ、現場の映像を交えて、資本主義の行方を探っていきます。
▼連載開始に先行してインタビュー記事を公開しています。