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湾岸タワマンにたそがれ? 選手村が下落の引き金か
日経ビジネス

2019/12/24 2:00
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建設が進む東京五輪・パラリンピックの選手村(東京都中央区)

建設が進む東京五輪・パラリンピックの選手村(東京都中央区)

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買うか、待つか──。東京都八王子市の会社員、山本真一氏(仮名、36)は2019年秋、住まいに関するある決断を迫られた。毎日の職場までの通勤時間は電車で片道1時間。「痛勤」にいよいよ限界を感じたため、共働きの妻と相談しながら23区内に引っ越そうと考えたのだ。

勝どき、月島、豊洲……。夏以降、新築マンションに狙いを定め、人気のいわゆる「湾岸エリア」の物件を見て回り、妻にも急かされながら、何度も「御成約」しかけた。が、最終的に踏みとどまったのは、どこかモヤモヤした気持ちが拭えなかったからだ。

「確たる証拠はないけれど、もう少し待てば東京五輪が開かれ、そして終わる。そうすればマンションの価格もきっと下がる。落ち着いたときに出直そう」。これが山本家の決断だった。

■各所に潜む「天井」のシグナル

山本家の「選択と決断」の正しさは現時点では分からない。だが、山本家の「見立て」には正しい部分が多く含まれていそうだ。2020年の日本経済・社会を展望する最初のテーマは「不動産」。12年末の第2次安倍政権の発足以降、おおむね上昇を続けてきた不動産価格に異変が起き始めている。天井、さらには下落のシグナルが各所に潜む。

下に示したのは、不動産調査会社の東京カンテイ(東京・品川)がまとめた、19年の首都圏の新築マンション価格(70平方メートル換算・最寄り駅別、10月末時点)のうち、18年からの下落率が高かった10のエリアだ。

注:東京カンテイ10月末時点調べ。新築マンション販売価格(70平方メートル換算)の平均値、駅名は物件の最寄り駅で、販売戸数10未満は除く。下落率は18年比

注:東京カンテイ10月末時点調べ。新築マンション販売価格(70平方メートル換算)の平均値、駅名は物件の最寄り駅で、販売戸数10未満は除く。下落率は18年比

下落率が最も高かったのは、王子(前年比32.9%減)。「ちょっとだけ山手線の外」「事実上、山の手」という地の利を武器に、ここ数年物件が多く供給されたエリアだ。価格を抑えた物件が、ある時期に多く売り出されれば、エリア全体の平均値も下がりやすい。

加えて、冒頭の山本氏が住む八王子(下落率7位)、国分寺(同4位)、三鷹(同9位)などを含めて郊外の下落も目立つ。これらも供給物件が多かった地域だが、弱点を挙げるとすると「通勤時間」。より都心部に良質で手ごろな物件が増える中、駅からの距離、さらには都心から距離がある物件が敬遠される傾向は年々、高まっている。

19年の下落エリアで触れないわけにはいかないのが、2位にランクした勝どきだろう。山本氏の当初のマンション購入候補地だった、人気湾岸エリアだ。勝どきの平均価格は70平方メートル換算で6575万円。前年比で24.9%下落、金額にして1年で約2000万円下がったばかりか、心理的な目安である「10平方メートル=1000万円」「70平方メートル=7000万円」を下回っている。

人気エリアが安くなって、お手ごろ価格になって、別によいじゃないかと思う人もいるかもしれない。が、このエリアの下落が、2020年以降の不動産価格の大転換の前触れの可能性があるとするならば、話は変わってくるはずだ。

20年夏の東京五輪の選手村を活用するマンション「HARUMI FLAG(ハルミフラッグ)」(東京・中央)。三井不動産レジデンシャルなど10社が共同開発するこのマンションの分譲が今年夏から始まった。注目の出だしは、第1期の供給戸数600戸に対して倍率は2.5倍強、14階建ての最上階の倍率は71倍。華々しいデビューを飾ったように見える。

■売れ残り許されない超巨大物件

だが結論から言えば、この総戸数4145戸に及ぶ超巨大物件の販売こそが、勝どきエリアの価格下落の引き金になった可能性が高い。

選手村の跡地利用とあって、「レガシーづくりという意味でも売れ残りが許されない」という宿命を持つハルミフラッグ。そんな関係者の思惑もあって、このマンションの「売り」は、駅からは遠いことも手伝い「平均すると、70平方メートル換算で6000万円台」。周辺相場を考えると「比較的お手ごろ」な点にある。

販売は、19年では夏と秋の2回。東京カンテイのデータには、秋の売り出し部分は含まれていない。そう考えると、「最初の600戸の売り出しだけで駅別の平均価格を約25%下げる破壊力があった」(東京カンテイの井出武上席主任研究員)。そう考えるのが妥当だろう。

このハルミフラッグによる直接的な駅別の平均価格引き下げに加え、割安な物件が大量に出回ることによる売れ残りを警戒し、自社の販売価格を下げたマンション事業者もいる。影響は周辺エリアにも当然及んでおり、豊洲は価格の上昇幅が2%にとどまったほか、月島も小幅の下落に転じた。いずれにせよ、この国家的プロジェクトの物件の存在が、最後の一戸を売り切るまで、湾岸エリアの価格の下落圧力と、かく乱要因になり続けることは間違いなさそうだ。

今回、首都圏でのマンション価格が上昇したエリアと下落したエリアの比は「56:44」。日経ビジネス2018年12月24日・31日合併号特集「2019年 確実に来る未来」で紹介した、18年のこの比は「60:40」だった。その際、井出氏らの協力を得て、ハルミフラッグの状況なども加味しながら考えた19年の予想図は、『比率が「五分五分」に近づく』だった。ピタリ賞ではないものの、下落トレンドは当たっている。

■首都圏3万戸割れほぼ確実に

上昇・下落エリアの比では、予想ほど悪い方向に進まなかったとも言える19年の不動産だが、マンションの販売戸数は大きく落ち込んだ。10月末時点での首都圏の新築マンション販売戸数は約2万2000戸で、1年を通しての数値とはいえ18年全体の約3万7000戸から激減。消費増税後の今年11~12月でこの差を埋める量の物件が出てくるとは考えにくく、「3万戸割れがほぼ確実」な情勢になっている。これは実に、バブル崩壊直後の1991年以来、28年ぶりの低水準になる。

「20年は、久方ぶりにマンション業界に冬の時代が到来する」。こう話すのは、住宅ジャーナリストの榊淳司氏。既に、大手の中でも「マンション販売では利幅が取れにくい」と考え始めるデベロッパーが出始めた。アベノミクス発動当初とは異なり、「無理してまでマンション建設ラッシュには参加しない」「売れる物件だけを確実に売るという」という業者のスタンスの変化が、足元の「首都圏の3万戸割れ」に影響していると見る。

日銀による大規模な金融緩和や景気回復の流れを追い風に、ちまたにはお金があふれ、節税効果もあてにされながら進んできた、首都圏でのタワマン建設ラッシュ。湾岸で始まった下落の流れは、20年になれば各地に波及する可能性が高そうだ。

■台風で「タワマン離れ」に拍車も

今秋、日本列島を襲った台風19号でもその脆弱さがあらわになったように、「災害への備え」という観点も消費者の判断材料にマイナスの要素として加わりそうだ。東京カンテイの調査によれば、例えば武蔵小杉のマンション価格の上昇率は1.6%(価格は70平方メートル換算で7840万円)、二子玉川で1.8%上昇(同1億1564万円)。台風後の売り出し価格は調査には含まれていないもようだが、それぞれ既に「天井」を意識する価格に達しており、上昇率は小幅にとどまっている。

台風の被害で停電したタワーマンション(右)

台風の被害で停電したタワーマンション(右)

さらに言えば、20年は消費増税後の景気を占う年でもあり、1月には「サラリーマン増税」も控える。米中貿易戦争に終わりは見えず、景気の行方とともに賃上げの行方にも不透明感ばかりが漂う。

ここに昨今の不動産価格の天井感、さらには榊氏の言う「マンション業界冬の時代到来」、加えて「消費者の安全意識への高まり」までそろったとき、「全国津々浦々、タワマンはまだまだ高値で売れ続ける」というシナリオは、どう転んでも描けないはずだ。

注:東京カンテイ10月末時点調べ。新築マンション販売価格(70平方メートル換算)の平均値、駅名は物件の最寄り駅で、販売戸数10未満は除く。上昇率は18年比

注:東京カンテイ10月末時点調べ。新築マンション販売価格(70平方メートル換算)の平均値、駅名は物件の最寄り駅で、販売戸数10未満は除く。上昇率は18年比

最後に、上に示したのは19年の上昇率ランキングだ。

浅草、青砥、亀戸といった東京都の東部に加え、千葉県の稲毛や松戸もランクインした。価格帯にばらつきはあるものの、お手ごろなマンションが多い地域である。これらのエリアの売りは、イメージはともかく都心への交通の便が悪くないこと。人口流入や街の活性化も進みつつある。

繰り返しになるが、冒頭に登場した山本氏が悩んでいたのは「痛勤」。前述の榊氏は「最近は若い世代でも共働き世帯が多く、町のイメージや自分の憧れよりも、夫婦双方の通勤時間を考えて住む場所を考える人が主流になりつつある」と話す。都心まで30分の松戸などが脚光を浴び始めた理由の1つだ。

これまで主に東京の西側にある「憧れの街」のイメージ戦略に押され、その実力が過小評価されてきた「下町&千葉」。2020年に不動産価格の大転換が起きた際、意外に持ちこたえるのは、こうしたエリアなのかもしれない。

(日経ビジネス 山田宏逸)

[日経ビジネス電子版 2019年12月9日の記事を再構成]

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