大島渚賞創設、小山明子夫人の思い実る
若手映画監督を顕彰、2020年2月に第1回

文化往来
2019/12/31 2:00
保存
共有
印刷
その他

大島渚賞の創設を発表する矢内廣PFF理事長(左)と小山明子氏

大島渚賞の創設を発表する矢内廣PFF理事長(左)と小山明子氏

「この賞を作ってほしいと申し上げたのは私です。大島は若者の才能が大好きだった。PFF(ぴあフィルムフェスティバル)の審査で夜遅く家に帰ってきては、その話をした。若い人の映画から刺激をもらうのが大好きだった」

「大島渚賞」創設の記者会見で、公私両面で大島を支えた女優で夫人の小山明子はそう語った。小山の強い要望を受けて一般社団法人PFF(矢内廣理事長)が創設。劇場公開作品が3本程度の若手で「映画の未来を拓(ひら)き、世界へ羽ばたこうとする、若くて新しい才能」に贈る賞だ。第1回の受賞者は2020年2月に発表する。

大島はPFF草創期に審査員を務め、多くの若い才能を見いだした。いち早く「天才」と評した手塚眞については「家でも興奮して、素晴らしい映画を見たんだよと絶賛した」と小山。

賞の基準となる「世界への挑戦」という点で大島は一貫していた。「助監督時代にもらったラブレターに『世界に通用する映画監督になって、君を海外に連れて行く』という殺し文句が書いてあった。それはちゃんと実行してくれた。『戦場のメリークリスマス』からは世界に通用する坂本龍一さんや北野武さんが育った。自分の映画は日本だけにとどまらず外国の人にも見てもらえる映画でありたいと願っていた」

さらに小山が強調したのは「冒険心」だ。「大島には映画を作るときに同じものは作らないという信念があった。すごいチャレンジャーだった。『日本の夜と霧』をワンシーンワンカットの長回しで撮ったが、『白昼の通り魔』は千何百カットもあった。あえて同じスタイルでは撮らない。作品はバラバラで一貫性がないが、いつも何かにチャレンジしたい、いつも何かを見つけたい、いつもわくわくしたい。そういう好奇心や冒険心が彼の心の中にはあった」

(古賀重樹)

日経電子版が最長2月末まで無料!
初割は1/24締切!無料期間中の解約OK!

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]