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30歳過ぎて発奮、脱「サラリーマン」 大相撲・嘉風

引退模様(4)

相撲愛では誰にも負けない自負がある。「自分にとって唯一無二の存在。なぜこんなに好きなのかは分からないけれど」と笑う。

だがどんなに好きでも、長く寄り添えば、マンネリ化は免れない。おしどり夫婦にも、倦怠(けんたい)期があるように。平幕を上下していた20代後半はまさにそんな時期だった。

「上を目指すどころか、幕内にいられたら十分と下ばかり見ていた。勝ち越しにさえこだわっていなかった」という。番付の下げ幅は、負け越した星の数が目安になる。幕尻まで7枚あれば4勝11敗、3枚なら6勝9敗で目標達成だ。「周りにもそう公言して、恥ずかしいとも思わなかった。頑張ってケガをするより、多くを望まなければそれなりの生活もできるし」

絵に描いたような"サラリーマン力士"に転機が訪れたのは、30歳を過ぎたころである。巡業先で大ケガを負い、リハビリに通っていた師匠の尾車親方(元大関琴風)から「せっかく自由に動く体があるのだから頑張りなさい。(番付が)落ちるのは早いぞ」と発破をかけられた。同じ頃、妻がふと「あなたの対戦相手はみんな三役になっているのに、あなたはなんでなれないのかな」と漏らした。これで心に火が付いた。

土俵で猛稽古をするのは年齢的に厳しい。地道な基礎運動を繰り返すのも性に合わない。「消去法」の末、身銭を切って専門家につき、食生活の改善とトレーニングで肉体強化を図った。「大した稽古もせずに幕内に居続けられたのだから、運動神経は悪くないという変な自信があった。体をつくればもっと上でやれるだろう、と」。もくろみは当たり、見違えるような相撲を取り始めた。

32歳になった2014年、初場所から2場所連続の2桁勝利で新三役に昇進。名古屋場所では史上最年長(当時)となる初金星も手にした。その後も7つの金星を積み上げ、次々と三賞を受賞した。

上位陣を苦しめたスピード感あふれる取り口は「アドリブです」という。「一瞬で勝負がつく相撲はジャンケンのようなもの。事前にあれこれ考えても仕方ない。横綱大関戦はあいこで粘って、ワンチャンスで勝つイメージでした」

土俵との別れは突然やって来た。今年6月、故郷の大分で観光PRの川下りに参加した際、右足を岩に打ち付けて重傷を負い、ヘリコプターで運ばれた。装具をはめた右足首はいまもほとんど動かない。引退を決めると、母から「足がもげでもしないと辞めないのだから、あなたらしい辞め方だ」とねぎらわれた。

将来の独立を見据えつつ、当面は尾車部屋で後進の指導に当たる。やりがいは感じるが、現役に未練がないといえば嘘になる。「誰かを恨んでいるわけではない。でも辞めるなんて想像できなかった。足が治って土俵にもう一度立てるなら、何億円でも出しますね」。やるせない寂しさは、時が癒やしてくれるのを待つほかない。

(吉野浩一郎)

よしかぜ・まさつぐ 1982年、大分県佐伯市生まれ。本名は大西雅継。小学生時代から相撲に親しみ、中津工業高(現中津東高)を経て日体大に進学。3年時に全日本相撲選手権で優勝。尾車部屋に入門し2004年に初土俵。06年の新入幕から所要49場所での新三役は史上4位(当時)のスロー出世。不慮の事故による右足のケガで19年9月引退、年寄・中村を襲名。幕内在位79場所で561勝600敗24休、金星8個、三賞10回。最高位は関脇。

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