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日本企業のリーダー、稲盛氏・孫氏だけでいいのか 日経大予測
本社コメンテーター 中山淳史

中山 淳史
本社コメンテーター
2019/12/17 16:10
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東京五輪・パラリンピックが開催される2020年、日本の経済・政治はどう変わっていくのか。そして世界情勢の行方は。日本経済新聞の編集委員、コメンテーターらの見通しを、このほど出版した『これからの日本の論点2020 日経大予測』(日本経済新聞出版社)から紹介する。

稲盛和夫氏はいまだに高い人気を誇る経営者だ

稲盛和夫氏はいまだに高い人気を誇る経営者だ

「阿米巴経営」「生存之道」「成功的要義」「追求成功的熱情」「工作法」――。北京や香港の空港にある書店で、こんな題名の本がたくさん並んでいるのを目にしたことはないだろうか。

著者は日本人。そう、「阿米巴」でひらめいた人もいるだろうが、京セラ創業者の稲盛和夫名誉会長だ。日本語のオリジナル版はそれぞれ「アメーバ経営」「生き方」「成功の要諦」「成功への情熱」「働き方」である。海外での稲盛氏の人気には驚くばかりだ。京セラのウェブサイトによると、著作の中国語版は簡体字で23種類にのぼる。

なぜ、そこまで人気があるのか。事情にくわしい研究者によれば、「中国の場合でいうと、かつての日本と同じ道を歩みはじめているからだ」という。高度成長から巡航速度の成長へと経済のモードが変わろうとしている中国では、経営者やビジネスマンも「モーレツ」に代わるビジネスモデルやライフスタイルを意識しはじめた、というわけだ。

その稲盛氏ももう高齢で、2019年7月には若手経営者に経営哲学を伝えるために創設した私塾「盛和塾」に幕を下ろした。塾生は約1万5000人おり、半数以上が海外の経営者、とりわけ7000人が中国人だったという。今後、こうした「熱狂的支持」を引き継いでいく経営者、あるいは同氏に代わって世界を惹き付けられる経営者は日本から出てくるのだろうか。ソフトバンクグループの孫正義社長やファーストリテイリングの柳井正社長がいるではないか?という声があろう。

平成から令和に変わった2019年には「時代を代表した経営者」のランキングが各種公表されたが、どれも1位になったのは稲盛氏か孫氏だった。たとえば、日経ビジネス誌の場合は「1位、孫氏」「2位、稲盛氏」「3位、柳井氏」「4位、三木谷浩史氏(楽天社長)」「5位、永守重信氏(日本電産会長)」だった。だが、注意しなければいけないのは稲盛氏も孫氏もどちらかといえば「平成」ではなく「昭和」の経営者であるという点だ。稲盛氏が京セラを興したのは昭和34年(1959年)。孫氏のソフトバンクは同56年(1981年)だ。

■「名経営者」生まなかった平成

一般に、昭和の経営者の類型には3タイプあるとされている。松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏やソニーの盛田昭夫氏、ホンダの本田宗一郎氏などが属するのが第1世代、稲盛氏や飯田亮氏(セコム創業者)、牛尾治朗氏(ウシオ電機創業者)らが第2世代だ。孫氏はその後の第3世代で、柳井氏や永守氏もそこに入る。

ということは、平成の名経営者ランキングといっても、系譜でいえば「昭和の後半に名前が知られ、平成まで勢いが続いた」あるいは「さらに花開いた」といえる稲盛氏や孫氏、柳井氏が時代を代表していたわけである。平成の30年には結局、世界に通用する新たな経営者が生まれなかった。もっというなら、新しい産業を切り開いた創業経営者が出現しなかったということだ。海の向こうの米国では、ラリー・ペイジ(グーグル共同創業者)やジェフ・ベゾス(アマゾン創業者)など卓越した経営者が何人も誕生したが、それとは大きく異なる。

楽天の三木谷氏らが2000年代のネットブームに乗って注目された時期もあった。だが、グローバル企業としてもうひとつ突き抜けていない。あるいは結果としてなれなかった原因は、ビジネスモデルが「タイムマシン型」といわれるものだった点が大きいだろう。タイムマシン型とは、海外、特に米国で確立され成功したビジネスを、時差を活用して日本などで成功させる手法、考え方だ。たとえばIT(情報技術)サービスの普及でいえば、「日本は米国より10年遅れている」という経験則が業界には存在する。日本のIT経営者の多くはその点に注目し、ブームの到来を待ち受けてきたわけだ。

当然のようにグローバル展開を視野に入れていた孫正義・ソフトバンクグループ会長

当然のようにグローバル展開を視野に入れていた孫正義・ソフトバンクグループ会長

孫氏のスタイルも最初はそうだといわれていた。最近の孫氏が当時と違うのは、自らグローバルフロンティアに打って出ようとファンドをつくり、ステージアップをねらっているところだろう。日本の産業史を振り返れば、そうした「グローバル・ストレッチ」は決して珍しいことではなかった。昭和の時代にはソニーやホンダがやってきたことだからだ。しかも、エレクトロニクスや自動車という当時としては最もホットな「一番人気種目」で頂点に上り詰めることができ、喝采を浴びた。

残念ながら平成の時代は、リーディング産業だった「インターネット」や「モバイル」の領域では技術の覇権を握った日本企業は現れなかった。ネットがビジネスの根幹に深々と居座ってしまった時代は、日本にとって「言語的なハンディキャップが広がった時代」と言い換えることも可能だ。人口や市場が大きい英語圏や中国語圏の企業や経営者、起業家がどうしても有利になってしまうからだ。経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は、ネットの時代とは「バーチャル空間の言語的サービスの時代だ」と言う。日本語はそもそもマイナーな言語であるうえに、英語と中国語の台頭によって、「特殊な言語」にまで成り下がってしまった。タイムマシン型ビジネスという選択肢は経営者にとって仕方のないところがあったのかもしれない。

■米国では、優秀な人材こそが「起業」を選ぶ

もっと根本的な問題もあるだろう。ネットによる破壊的イノベーションの時代がやってくると、大企業は不利に、ベンチャー企業が有利になる傾向も強まっていく。米国はもともと「アントレプレナー・キャピタリズム(資本主義)」の国だといわれてきた。要するに、社会全体として「ベスト・アンド・ブライテスト(最も優秀な人材)はベンチャービジネスを興すもの」という流れが定着しており、ネットの時代が始まるとそれが一気に強さを発揮、優れたベンチャー企業経営者を多数輩出することになった。

一方、日本や欧州は「大企業キャピタリズム」の比率が高い。特にネット時代が到来した平成初期の日本には、米国のような人材の流れや社会の仕組みが存在しておらず、一番優秀な人材は官庁や大企業に行くという伝統的な流れから抜け出せなかった。裏を返せば、昭和が名経営者たちを輩出できたのは、そうした受け皿がなかったためだ。つまり、太平洋戦争で国土が荒廃し、優秀な人材に働き場所がなくなり、ソニーやホンダを創るしか生きる道はなかったということだろう。

しかし、昭和の時代も戦後復興が軌道に乗り、大企業中心の経済システムができあがってくると状況は大きく変わる。教育システムもそれに合わせて整備、構築され、「頑張っていい点をとり、『正解のある試験』を受けて大組織に行く」流れができていく。それは、昭和の後半30年間の成功をつくる要因にはなった。

だが、平成まで続いたその仕組みはアントレプレナーを生む土壌としてはむしろ障害になり、破壊的イノベーションとはあまりにもかけ離れた文化を日本に定着させてしまう結果になった。だから、日本が不連続な時代の到来に右往左往したのも、つまるところ「昭和最後の30年間の代償」だった。社会全体として、または必然の結果として、日本企業はその30年のツケを平成の30年をかけて支払わされた、ということになる。

■野球チームで「メッシ」と戦う日本

では、優秀な人材が集まったはずの大企業からも優れた経営者や革命的経営者が出てこなくなったのはなぜなのか。これも根が深い問題で、前出の「優等生優遇型」システムが強烈に残った結果だ。平成時代も大半の企業で「改良改善型」のビジネスモデルが優先された。組織内部には「突拍子もないことをすることができない空気」ができあがっており、その空気に馴染むのが重要になってくると、当然、偉くなれるのはそれが得意な人材である。「和をもって尊し」とし、調整が上手で、皆が納得する案で急場をしのげるタイプのリーダーが大量生産されたわけだ。

ソニー創業者の井深大氏は教育にも熱心だった

ソニー創業者の井深大氏は教育にも熱心だった

現在も進行中の変化は、これから自動車や材料など日本企業の主力事業領域にも破壊的イノベーションを次々と起こしていく可能性が高い。「野球がソフトボールに変わる」くらいなら少し練習すれば適応できるだろうが、「野球からサッカーに変わる」級の変化が起きようとしているのが現在である。当時からそんな認識があったなら、いまのリーダーたちも違っていたかもしれない。

だが、大企業では「変化の先はソフトボールだ」くらいにしか考えていなかったところが多く、抱える選手たちを機敏に入れ替えたり、徹底的に再教育したりするような危機感は存在しなかった。試合が始まってフィールドの向こうで待っていた相手は、世界的サッカーアスリートのリオネル・メッシ選手やクリスティアーノ・ロナウド選手だった――。そんな戦いで勝てないのは誰が考えても明らかだろう。

大企業の頂点にいるトヨタ自動車はここにきて、それが少し見えてきたのかもしれない。同社は2015年、米国防総省の研究機関から人工知能(AI)研究の大物をヘッドハントし、ネットがもたらす100年に一度といわれる自動車産業の構造転換をにらんで肉体改造を始めた。ベンチャー企業などへの投資やオープンイノベーションにも積極的になり、AIや5G、材料、ロボティクスと新分野に知見、事業領域を広げようと必死だ。ネットによる構造転換の高波を受けるのは自動車だ、という危機感の表れだろう。

自動車といえば、デジタル化やグローバル化時代の経営に最も近いところにいた可能性がある日産自動車が揺れている。同社は経営再建さなかの平成初期にカルロス・ゴーン元会長(刑事被告)を仏ルノーから迎え、世界から適材適所で人材登用を進めるスピード感のある経営を手中にしかけていた。だが、カリスマ経営者に極度に依存したガバナンス構造には、そもそも欠陥が存在していた。

日産の組織の内実は、ゴーン氏がくる前と同じ官僚体質がほぼそのまま温存されたかたちで残っており、それをあらわにしたのが、皮肉にもゴーン氏の不正発覚だったわけだ。20年近くもトップの不正を見過ごした日本人経営陣や社員の体質を変えるのは難しいだろう。

■令和に名経営者を輩出する条件

とはいえ、産業界にも明るい兆しがないわけではない。若い世代だ。2019年春に入社した新社会人への就職先調査によれば、かつてのように大学生の志望先が既存の大企業一辺倒ではなくなってきたのがよくわかる。昭和、平成の象徴だった「終身雇用」に対する見方も変わりつつある。1カ所で働き続けるより、経験を積みながら3~5年でより条件のよい職場に転職したり、起業をめざしたりする傾向が強まっている。こうした若い世代が昭和の高度成長期のように海の向こうを向いて、起業家をめざすようなら期待も膨らむ。

ホンダをつくりあげた本田宗一郎氏は、いまの経営者をどうみるだろう

ホンダをつくりあげた本田宗一郎氏は、いまの経営者をどうみるだろう

令和の時代に名経営者を次々と生み出すための条件を考えるなら、まず「学生は、大企業への『就社』ではなく、起業をめざすべきだ」と筆者は主張したい。東大出身者のなかにはすでに起業をめざし、就職しない学生が増えている。米国では1980年代から、優秀な学生ほど既存企業には入らず、起業をめざしてきた。最近、注目されるイスラエルもそうだ。日本も根本から人の流れを変えていく必要があるだろう。

大企業はどう変わればいいか。当初はガバナンス改革が重要だろう。「改善改良の名人」「調整の名人」「日本的ナイスな奴(やつ)」はもうトップにはしにくい。だからこそ、ガバナンスコードを変えて、しかるべき委員会が会社の空気や現経営陣の意向とは関係なく、未来に向かって最良のリーダーを選ぶ、ということではないか。

最後に、メンタリティーの変化だ。企業の人事・組織にくわしい著作家の山口周氏が著作「ニュータイプの時代」でおもしろい分析を載せている。それによれば、今後求められる「ニュータイプ」な人とは、「正解よりも問題を探す」「予測するより構想する」「KPIで管理するより意味を与える」「1つの組織にとどまるより、組織間を越境する」そうだ。ニュータイプな令和の経営者もまさにそうだろう。

特に重要なのは、構想力だ。盛田氏も本田氏も、未来を予測して「ウォークマン」や「スーパーカブ」を創造したのではないだろう。自分が乗りたい、こんなモノが絶対に必要だと感じたから創った。稲盛氏も同じだ。平成の時代に圧倒的に欠けていたもの、令和の時代に取り戻したいものとは、まさに、構想力なのである。

▼発売中の『これからの日本の論点2020 日経大予測』の一部を抜粋、加筆・再構成した。同書の詳しい内容はこちらから(https://www.nikkeibook.com/item-detail/21929)
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中山 淳史

本社コメンテーター

産業・企業経営

自動車、電機など産業動向、経営トレンドに精通。編集委員、論説委員などを経て2017年2月より現職。「GEと東芝」「移動の未来」などで講演多数。2001年の米同時テロをニューヨーク駐在時に取材。アルゼンチン留学も。

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