大阪・天保山 vs. 仙台・日和山 日本一低い山は?
とことん調査隊

関西タイムライン
2019/12/17 7:01
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標高4.53メートルの天保山(てんぽうざん)は「日本一低い山」として大阪人にはよく知られる。だが最近、日本一の座が仙台市の日和山(ひよりやま)にとってかわられたという。「日本一低い山」を観光資源としてアピールしていた地元はどう受け止めているのだろうか。現地を訪ねた。

天保山周辺は海遊館や大観覧車などがあり、大阪屈指の娯楽スポットだ。大観覧車の東側に位置するのが天保山公園。公園に入ると、10メートルほどの高さの小さな山のようなものが見えた。天保山と間違えそうだが、これは大阪港開港100周年を記念して1970年に完成した展望台だ。

天保山の「山頂」は公園の奥。目印の明治天皇行幸記念碑を目指して2分ほど歩くと、北東の隅に山頂を示す二等三角点を見つけた。コンクリートの平たんな広場にぽつんと設置され、横に立つ「日本一低い山」の看板も小さく、うっかりすると見落としそう。すぐ目の前は海。標高4.53メートルはあまりに低い。これが本当に山なのだろうか?

国土地理院に聞くと、「具体的な山の定義はないが、地元自治体が地名として認識していることが掲載の基準。地理院地図に斜体で表記されているなら山です」という答え。地図を確認すると斜体字で天保山と表記があり、れっきとした山ということになる。

天保山の名前は江戸時代の元号に由来する。天保2年(1831年)に安治川で大規模な川ざらえが行われ、川底に堆積していた土砂を積み上げてできたのが天保山だ。当時の高さは約20メートル。松や桜が植えられ、比叡山や四国まで見渡せた天保山は行楽地としてにぎわった。幕末になると湾岸の警備のため天保山は削られ、台場となった。

「日本一低い山」の普及活動をしている天保山山岳会では、ご来光登山などの行事を開催したり、手作りの登山証明書を発行したりしている。これまでに約5万9000人に配布したそうで、天保山に「登頂」した記者も登山証明書をもらった。

ところが、現在「日本一低い山」とされるのは仙台市の日和山だ。2011年の東日本大震災により周辺は甚大な被害を受け、日和山も津波で削られた。14年発行の地理院地図に標高3メートルと記載されたことから、天保山を抜いたというのだ。

実は、日和山と天保山の「日本最低」争いには歴史がある。1992年に日和山を日本最低峰とする調査が雑誌に掲載され、日和山は「日本一低い山」としての山開きイベントを開始。一方の天保山は、93年に国土地理院の地図から表記が消え、「地図に載っている日本一低い山」として日和山が広く知られるようになった。天保山では地元有志らが署名活動をして復活を陳情し、96年に地図に再掲載された。このとき、地域を盛り上げようと結成されたのが天保山山岳会だ。

日和山では97年から山開きイベントを中止していたが、再び日本最低となった2014年に再開した。市民センターなどとイベントを共催する中野ふるさとYAMA学校代表の佐藤政信さん(73)は日和山を「震災で削られても頑張って残った」とたたえる。

天保山はもう日本一ではないのか。天保山山岳会の橋本誠会長(68)に聞くと、「日和山の3メートルは近くの道路の標高。三角点がある天保山が今でも日本最低の山」と譲らない構え。一方、「地元がかわいいのはどこも同じ。お互い主張することで共に盛り上げていきたい」とも語る。

天保山山岳会が結成されたとき、阪神大震災の影響で周辺は立ち入り禁止だった。活動をはじめたのも「復興に貢献したいという思いがひとつにあった」。大阪と仙台、それぞれの「日本一低い山」は、震災の被害を受けても地域を盛り上げようという思いで共通しているのかもしれない。(船津龍樹)

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