なぜ名選手はメジャーリーグを目指すのか - 日本経済新聞
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なぜ名選手はメジャーリーグを目指すのか

今オフは米大リーグ入りを目指すプロ野球選手が多い。DeNAからポスティングシステムを使っての移籍を目指してきた筒香嘉智は、レイズへの入団で契約合意したという。広島・菊池涼介と巨人・山口俊もポスティングを利用、西武・秋山翔吾は海外フリーエージェント(FA)権を行使してのメジャー行きをもくろみ、そう遠くない時期に新天地が決まることだろう。

新たな舞台で力試しをしたい思いだけが、海外に雄飛する理由ではあるまい。往年の江川卓は、周りから「活躍して当然」という目で見られることが重荷になり、寝起きが悪くなったという。秋山や筒香も、今や日本で好成績を残すことが当然視されている選手。そのプレッシャーと戦って結果を残し続けるのもいいが、自身への期待がそう高くない大リーグの世界に飛び込み、ルーキーのような感覚で挑戦できるところに魅力を感じているのではないだろうか。

1981年に来日したロイヤルズと全日本が日米野球で対戦した時のこと。先発した村田兆治さんが力投し、相手打線をきりきり舞いさせた。前の年に打率3割9分でア・リーグ首位打者に輝き、テッド・ウィリアムズ以来の4割打者になるのではと言われたジョージ・ブレットなどは、まともにバットに当てることさえできなかった。

速球と鋭く落ちるフォークボールが威力を発揮したが、好投の要因は村田さんの投げ方にもあった。「マサカリ投法」はボールが出てくるまでの時間が長く、初めて対戦する打者はタイミングを合わせるのが難しい。あの頃、FAなどの仕組みがあり、多彩な武器を持つ村田さんが海を渡っていれば、野茂英雄のトルネード旋風の前に「マサカリ旋風」を巻き起こしたはずだ。

かつては実力がある選手ほど入団したチームに在籍し続け、「顔」となっていったものだった。長くいれば自然とチーム愛が深まり、優勝に貢献したいという思いも増した。対照的に現在は、一流と言われる選手ほどよその球団、よその国へと関心が移るケースが多い。入団したチームを優勝させたい思いとてんびんにかけた上で、最終的にキャリアアップを優先して移籍を選ぶのも、個が重んじられる今の時代ならではといえる。

このオフは野手で大リーグを目指す選手が多いが、いずれも活躍の可能性は高いとみている。外角球を流し打って左翼席に放り込む力がある筒香にとって、大リーグでは内角のきわどい球があまりストライクに取られず、外角中心の配球であることは有利に働くだろう。秋山は日本であれだけコンスタントに安打を重ねたことから、メジャーでも一定の打率は残せるのではないか。菊池は打つときにグリップが体から離れるのが気にかかるが、それでも数字を残してきたのは素質があるということ。高い守備力とガッツもあり、どれだけやるか楽しみだ。

多くの日本人が活躍した投手と違って、野手で成功したのはイチロー、松井秀喜など少数。「メジャーの投手との力の差」など苦戦の理由が色々と語られてきたが、まだ野手が挑戦した例が少なく、これという結論は出しにくいと感じる。その点からも、打力より守備力を前面にトライしようという菊池は、過去に挑戦した日本人野手にはあまりいないタイプで、その成否は特に注目される。

日本でプレーする分には、春先に調子が上向かなくても周りは「そのうち上がるだろう」と見てくれる。ただし、メジャーではそうはいかない。看板倒れとみなされて出場機会がぐんと減ることもあり得る。そのまま成績を残せなければお払い箱、ともなりかねず、1年目の結果が相当重要なものになる。

メジャー1年目にしっかりと爪痕を残すために提案したいのが、パーソナルコーチをつけること。プロのテニス選手は世界中を転戦する際、必ずコーチを連れていく。練習相手を務めたり、試合中に的確な助言をしたりするコーチの存在は、一流になればなるほど不可欠なもの。どの選手と組むかが話題になることからも、テニス界におけるコーチの重要性がうかがえる。

長く打撃見てくれた人を専属コーチに

日本人大リーガーでは通訳やトレーナーを自身の専属として連れていく人が多いが、通訳らにプロでプレーした経験がない場合、選手が打撃不振に陥ったときに送れるアドバイスの深度には限界がある。所属チームの打撃コーチはあらゆる選手を見ており、やはりどれだけ的確な助言をくれるか分からない。

そこで有効なのが、日本にいるときに長く打撃を見てくれた人を専属コーチとして帯同させること。そういう人なら不振に陥った際に的確に原因を分析し、対処法を授けてくれるはずで、1年目でも調子の波が大きくならずに済む。

私は中日時代の82~84年にセ・リーグ最多安打をマークした。その頃に打撃で考えていたことは大したものではなかったと、後になって気付いた。結果が出ているから大丈夫と思っていたのだが、それは大間違いだった。結果が出るまでの過程を点検し、正しく分析することが大切だ。

雇われる側の生活の問題もあり、パーソナルコーチをつける難しさはあるだろう。相棒になる人を雇えないのなら、自ら厳しい目で打撃をチェックし、1年目に全てを懸けるつもりで臨むこと。その姿勢があれば、言葉の壁や文化の壁を乗り越え、かの地でもチームに必要とされる人材になれるはずだ。挑戦心を新たにする「オールドルーキー」の活躍に期待したい。

(野球評論家)

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