参院に「独立財政機関」構想 令和デモクラシーの胎動
編集委員 清水真人

政治アカデメイア
清水 真人
2019/12/17 5:00
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政府と別に、経済・財政・社会保障の長期推計を担う「独立財政機関」を参院に新設する。経済同友会がこんな構想を打ち出した。財政健全化論議を立て直す狙いだけではない。衆院選での政権選択で信任を得た首相主導の政策決定が加速する現状に、国会はどう対峙するのか。憲法上は内閣や予算に距離を置く参院の独自性とは何か。平成期に大きく変容した統治権力をもう一度組み直す「令和デモクラシー」論議の胎動が始まった。

■「将来世代を代弁」同友会提言

経済同友会は18日、都内で「将来世代の利益を考えるシンポジウム」を開く。内閣・行政府から切り離された立場で、独自に経済・財政・社会保障の将来展望を示す「独立財政機関」を参院に新設すべきだとの提言を11月22日に公表。与野党を巻き込んで論争を仕掛ける。参院自民党幹事長の世耕弘成が基調講演を行い、討論に国民民主党代表代行の大塚耕平らも加わる。

同友会提言は「独立財政機関は、法律で参院に経済財政推計・検証委員会(仮称)として設置することが望ましい」と訴える。委員長と8人の委員は任期5年で、民間有識者から参院の過半数の承認を得て参院議長が任命する。最も重要な任務は、毎年3月に次年度予算の影響を織り込んだ向こう10年程度の中期の経済・財政予測と50年程度の長期推計を公表することだ。

憲法の定めで、内閣は毎年度の予算を作成して国会に提出し、審議・議決を受けねばならない。予算は衆院の議決が参院に優越する。2001年の省庁再編後の自民党政権では、内閣府が中長期の経済財政試算を公表。経済財政諮問会議でプライマリーバランス(基礎的財政収支=PB)黒字化などを目標に中期財政計画を立て、その下で財務省が各年度予算を編成してきた。

内閣府の試算が定着したのに、別の予測や推計を出す「独立財政機関」新設をあえて求めるのはなぜか。同友会提言は、時の内閣の政策路線を支える立場の内閣府試算は「実績値と比較して結果的に高い成長率を前提としているケースがほとんど」だと不満を隠さない。現実離れした高成長率と過大な税収増を当て込むため、歳出抑制の必要性・緊急性や財政健全化目標の客観的な評価ができない、という。

だから、独立財政機関は「より中立的な立場から経済・財政・社会保障の将来を展望し、国民に情報を提供する」のが第1の役割だ。内閣府の中長期試算は射程も向こう10年未満でしかない。同友会提言はここも「有権者が将来の財政の姿を適切にイメージすることを困難にしている」と問題視し、独立機関に50年の長期推計も求める。「選挙権を有さない将来世代の声を代弁する」のが第2の役割だ。

14年に「独立財政機関に関する諸原則」を勧告した経済協力開発機構(OECD)によると、加盟36カ国中の28カ国に既に同機関がある。総選挙時に各政党の政策綱領の財政基盤も検証するオランダ経済政策分析局。時の大統領に構わず独自の財政見通しを出す米議会予算局。これらは歴史も長い。リーマン・ショック後の欧州債務危機を経て設立が相次ぎ、英国も10年に独立の予算責任局を新設した。

■内閣・予算に距離置く参院

経済同友会は衆院と参院の機能分担をはっきりさせるよう提言する

経済同友会は衆院と参院の機能分担をはっきりさせるよう提言する

ここで場面は7月12日、長野県軽井沢町の万平ホテルに遡る。同友会夏季セミナーで独立財政機関を巡る論争が白熱した。

PHP総研主席研究員の亀井善太郎「独立財政機関は民主主義のインフラと位置づけるべきだ。社会が複眼思考になることが重要だ。東京電力福島第1原子力発電所の事故調査委員会も民間、政府、国会と3つあったからあるべき修正がなされた」

同友会代表幹事の桜田謙悟「デモクラシーに短期志向になりやすい欠陥があるとの指摘に感銘を受けた。まして近年は(高齢者の意見が反映されやすい)シルバーデモクラシーの傾向もある。将来世代の利益を代弁するためどんな仕組みが必要か」

亀井は、財政や社会保障の持続可能性を測る土台となる中長期推計を内閣と国会に複線化することは「民主主義のインフラ」整備だと踏み込んだ。同友会の11月の提言も「政策決定プロセスに将来世代の視点を反映し、チェックアンドバランスを十分機能させていくためには、抜本的な統治機構改革が不可欠」だと明記。独立財政機関を「そうした改革の第一歩」と位置づける。

憲法によれば、首相と内閣は衆院を存立基盤とする。衆院は首相指名や予算の議決で参院に優越し、内閣不信任を決議すれば、内閣は総辞職か衆院解散を迫られる。参院には解散はない。平成の政治改革で、衆院選は大勝大敗が起きやすい定数1の小選挙区中心に変わって「政権選択選挙」と位置づけられた。「選挙の顔」となる首相は高い支持率を保つため、政策決定を主導せねばならない。

この「政権選択+首相主導」システムが小泉純一郎からその後の混乱期を経て再登板した安倍晋三に引き継がれ、首相主導が加速する。首相直轄の経済財政諮問会議を司令塔とする予算編成もその一環だ。ただ、同友会提言はこの統治構造の変容で「有権者に痛みを求める改革が敬遠される傾向が顕著になった」と危ぶむ。安倍も小刻みな衆院選で勝ち続けてきた半面、政策決定の短期志向が明らかだ。

しかも参院は法案成立には強い力を持つため、衆参両院で多数派が異なるねじれ国会に陥れば、首相主導から一転して「決められない政治」に振れるリスクも残る。同友会提言は二院制の機能分担をはっきりさせ、任期が長い参院は内閣の存亡や予算に一線を画す代わりに独立財政機関を持って「長期的な視座から法案等を審議することによって、将来世代の利益の代弁という独自性を発揮する」改革を唱える。

■「強い首相」に「強い国会」を

「強い首相」が主導する予算編成に国会はどう向き合うか。これまでも多彩な議論が集積されてきた。

13年に亀井が在籍していた東京財団(現・東京財団政策研究所)が、超党派議員を集めた研究会で独立財政機関を国会に置くよう提言した。参画したのは自民党の林芳正、宮沢洋一、当時の民主党の松本剛明(現・衆院外務委員長=自民党)、松井孝治(現・慶大教授)、公明党の西田実仁ら。これは08年に国家公務員制度改革基本法の共同修正を担った面々でもあった。

この共同修正は、各府省の幹部官僚の人事を首相官邸が一元的に管理する内閣人事局の源流になった。どの党が政権を担っても「政権選択+首相主導」を駆動力とする統治システムを下支えする「与野党共通の基盤」として人事局は構想された。国会への独立財政機関の新設も、どんな政権であれ「強い首相」に「強い国会」を対峙させる統治構造改革の一環だといえる。

この超党派提言では、衆参両院の下に1つの独立財政機関を置くとした。東大教授の宍戸常寿(憲法学)は「法律時報」16年8月号で、憲法構造から二院制の機能分担を検討。「現在の諸利益の政治的調整」は内閣を支持し、予算の議決で優越する「衆院にふさわしい」半面、独立財政機関のような「将来予測の統制」は「参院の役割により適合的」だとの見解を示した。

憲法学者と政治学者を集め、宍戸や亀井も参画したPHP総研の統治機構改革研究会は19年3月の報告書で、参院への独立財政機関の設置を提言した。参院は、衆院選での政権選択を駆動力として首相・内閣に権力を集中するウエストミンスター型議院内閣制の「枠外」だと位置づけた。「政権選択、内閣の運営からは距離を置き、より長期的な政策課題に関する問題提起を担う院」への脱皮を促した。

参院改革のキーマンとなる自民党の世耕弘成参院幹事長=写真中央(3日、国会内)

参院改革のキーマンとなる自民党の世耕弘成参院幹事長=写真中央(3日、国会内)

独立財政機関を「参院の独自性」発揮の象徴に、とひそかに思い描いた当事者が、前参院自民党幹事長の吉田博美だった。10月に死去。後を継ぐのが世耕だ。官房副長官や経済産業相として「強い首相」安倍を支えてきた世耕だが、この12日の講演で、参院を都道府県代表化する憲法改正を提唱した。参院が代弁すべきは将来世代か、それとも地域の利害か。参院改革から論争は始まりそうだ。=敬称略

小泉進次郎と権力

著者 : 清水 真人
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,980円 (税込み)

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