就社より就職、転職の勇気 「嫌な仕事は我慢するな」
経済同友会代表幹事 桜田謙悟氏

学生が様々な分野のトップランナーにインタビューする企画。今回は、2019年4月に経済同友会・代表幹事に就いたSOMPOホールディングスの桜田謙悟社長だ。桜田社長は、新卒一括採用神話が根強い日本の企業文化の中にあって「新卒一括採用に反対」と明確に異を唱え、通年採用も始めた。これからの就職のあり方に不安を抱える中央大学2年の松本朋大さんが話を聞いた。
松本 「就社ではなく就職」と最近よくいわれています。それでも僕たちはどこの企業を受けるのかを決めないといけないです。どのようにして選んだらいいのでしょうか。
桜田 前提として、自分がどんな人間なのかをよく知っておいたほうがいいと思いますね。難しく考える必要はなくて、好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、不得意なことを紙に書き出してみる。あるいは自分の友達や付き合っている人のどこが好きかを考えてみる。
なぜこんな話をするかというと、仕事というのは好きじゃなければ続かないのです。そして、会社選びを仕事選びと履き違えてはいけないと思います。
松本 仕事内容を見て選ぶということですか?
会社というのは色々な顔がある 経営者だってわからない
桜田 少し不安になることを言います。会社というのは色々な顔をしていますから、就職活動の短い期間でそれを把握するのは不可能です。私だって、SOMPOホールディングスのことを全て知っているわけではないのだから。当社グループは世界で8万人の従業員と4つの事業がある。ブラジルの現場で何が起きているかはわからない。中にいても難しいのに、外から見ただけで簡単にわかりっこない。
これからOB・OG訪問をすると思いますが、先輩の話を聞いてもわからないと思います。なぜなら、「うちの会社はダメな会社」だと正直に言う人はあまりいません。だいたい人事部にしつけられていますから(笑)。大事なのは、あなたが何をやりたいのかということが先にあって、それを実現するための仕事は何か、と考えることなのです。
だから、会社選びをあまり深刻に考えなくていい。というのも、「就職」より「就社」の方が、外れる確率が高いからです。自分に合わない文化の会社だったとか、この会社では自分のやりたい仕事は見つからなかったということは当然、あり得るんです。そうしたら場所を変えるしかない。転職を前提くらいの気持ちでいることは大事ですね。私は新入社員に、「転職するなら3年以内に」とよく言っています。
松本 すぐ辞めたら根性無しだと思われませんか?
桜田 米国シリコンバレーにあるビッグデータ解析の会社と合弁会社をつくりました。スタンフォード大卒の優秀な人ばかりですが、この会社にいる人たちは2~3年で飛び出してどんどん変わっていく。日本のように10年以上もいないんですよ。嫌な仕事を我慢して続けることが根性があるとは考えていなくて、根性が本当にある人というのは、自分のやりたいことに向けて飛び出していける人なんです。
私たち「上の世代」で最もダメなのは、過度な同調性です。人事考課シートの評価項目で協調性というのがいまだに日本ではありますが、それは何かというと、同調性なんです。皆と同じことができますかということが問われる。今いる会社を辞めて別のところへ行くというのは、本当は勇気がいることなのに、「根性がない」と日本人は言い換えてしまう。俺たち仲間じゃないか、一緒に沈もうよと。それでは世界に勝てる企業にならない。
本質的な教養、リベラルアーツを学生時代に学んでほしい
松本 ある企業の人事の方とお話したときに、「今は勉強に専念して。就職のことはあまり考えなくてもいい」というふうに言われました。僕は国際関係論のゼミに所属していて勉強が充実していて楽しいのですが、このまま学業に打ち込むのか、就職を見据えて動くのか、今後の学生生活の過ごし方に悩んでいます。
桜田 就職はそんなに心配しなくてもいいですが、アドバイスがあるとすれば、実力をつけること。実力と言うとまた難しいことを、と思うかもしれませんが、自分の頭で考えることです。
松本さんは国際関係論を勉強されているんですね。今の時代、とても重要な知識ですが、人工知能(AI)が進化する時代においては知識だけでは就職できるということにはならない。過去に紛争のあった地域はどこですかと聞けばAIは瞬時に出せますが、松本さんは出せないと思います。しかし、なぜ紛争が起きるのかという質問になると、AIは不得意なんです。

AIが不得意なものは2つあって、まず心に関わるもの、知能指数(IQ)ではなくてEQ(心の知能指数)と呼ばれるものです。そしてもう一つはリベラルアーツと呼ばれるものです。具体的に言うと、哲学、歴史、文学など。誤解を恐れずに言えば、私たち企業側は、大学4年間で得た専門知識はなんとも思っていない。例えば歴史の細かい知識を覚えるようなことが重要なのではなく、リベラルアーツをきちんと学んでほしいと思っています。
松本 リベラルアーツというのはなんですか?
桜田 言い換えると、物事を考える力です。
例えば今年は元号が令和になりましたが、「即位礼正殿の儀」って何でしょうか。どういう儀式なのかということに加えて、表面的な知識ではなく、これは日本の歴史の中でどのような意味を持っているのかを考えて語れることが大事です。物事を考えるということができれば、会社に入ってから技術的なこと、例えば私たちの会社でいえば保険料の計算の仕方とか会計とかはすぐにできるようになるはずなんです。
「なぜ?」を5回繰り返してみえる本当の自分
桜田 物事を考えるって色々な方法がありますが、思考法の1つで「5Whys」というものがあります。ところで、松本さんはどうして国際関係論を学びたいんですか?
松本 途上国の現状を改善するために仕事をしている方々のお話を聞いて、商社に興味があるのと、そういう国に貢献できる、誰かの役に立てるというところに興味が出てきまして。
桜田 なぜ?
松本 根底では、今やっていることが誰かの幸せにつながっているということを追求したいんじゃないかなと思っています。高校では生徒会長をやっていて、大学でもこれから学園祭実行委員会のリーダーになる予定です。
桜田 今のような感じで、「なぜ?」を5回繰り返すんです。5回が難しければ、最初は3回でもいいです。そうすると、すごく大事なことを自分が考えようとしているとか、逆にあまり大したことではないというようなことが見えてきます。
これは最初にお話しした、自分が好きなことややりたい仕事を考えるときにも有効です。松本さんは生徒会長や学園祭リーダーにやりがいを感じるとすれば、それはなぜだろうと考えると、人を動かすことが好きなのかもしれない。皆がうれしい顔を見るのが好きかもしれない。じゃあそういうのができる仕事って何でしょうか。松本さんがどういう結論を出すかわかりませんが、私はね、それは商社だけじゃないと思いますよ。自分に「なぜ?」と問いかけてみてください。
何かを徹底的にやることが人の魅力をつくる
松本 「心の知能指数」というお話がありましたが、企業の人事の方のお話を聞いたときも、人間力を重視している気がしました。人間力ってそもそも何でしょうか? どうやったら身につくのでしょうか?
桜田 人間力って何か、それぞれの人が定義してしっかり説明できることがとても大事だと思います。私の考えでは、リーダーシップの根源だと思います。あの人についていくことでいいことが起きると感じさせるのがリーダーです。その人についていきたいと思わせるものは何かというと、その人に何らかの魅力があるからですよね。

松本 尊敬する先輩などを見ていると、にじみ出る人の良さやオーラみたいなものがあって、自分もそういう魅力のある人になりたいなと思っています。
桜田 あなたの年齢でそこまで期待するとしんどいかもしれないね。ラグビー元日本代表で、メガバンクの役員でもあった宿沢広朗さん(故人)という方がいます。彼が早稲田大学の学生時代に「努力は運をも支配する」とおっしゃっていたんですね。
大学4年でそんな言葉を残せる彼を、私は天才だと思ったし、当時からとてもリーダーシップを持っていた。彼は学生時代に学問に打ち込んでいたわけではないと思いますが、死ぬほどラグビーをやって、ラグビーから学んだんですよね。だから学問にせよスポーツにせよ、何かを徹底的にやっているということが人の魅力を作るんだと思います。
(文・構成 安田亜紀代)
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