アサイヤス監督の会話劇 社会批評に浮かぶユーモア

2019/12/14 2:00
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オリヴィエ・アサイヤス監督「冬時間のパリ」 (C)CG CINEMA / ARTE FRANCE CINEMA / VORTEX SUTRA / PLAYTIME

オリヴィエ・アサイヤス監督「冬時間のパリ」 (C)CG CINEMA / ARTE FRANCE CINEMA / VORTEX SUTRA / PLAYTIME

会話、会話、会話。オリヴィエ・アサイヤス監督「冬時間のパリ」は人物がしゃべり続ける。

デジタル化に順応しようとしている編集者(ギョーム・カネ)が古い付き合いの私小説家(ヴァンサン・マケーニュ)の新作の出版を断る。編集者は若いデジタル担当の部下と不倫している。小説家は実は編集者の妻である女優(ジュリエット・ビノシュ)と不倫していて、新作のネタにもしたが、編集者は気づかない……。パリのインテリたちは電子出版の光と影について延々と議論するが、本筋の恋愛劇は唐突に展開する。その落差が面白い。

「出版の電子化を題材にしたいと前から思っていたが、形式が見つからなかった。最初のシーンを書いてみたら、セリフばかり。そこで気づいた。次の場面も、その次の場面もセリフばかりにしてみよう。古典的な作劇法によらず、会話がつながった形にした。会話劇にすることで、どんな展開もできる自由を勝ち得た。おかしみやユーモアも生まれた」とアサイヤス。

「人は会話をすることで、自分がこうだと思っていたものを見直さなくてはならなくなる。変化の時代は、それぞれの人物が自問している時代でもある。社会の変化によって自分の居場所はどこにいくんだろう。変化に対応できるのか、対応しないのか。みんな不安だ。過剰な反応をしたり、心が壊れやすくなったりする」

みな冗舌だが、肝心なことはしゃべらない。

「芸術作品には余白がある。会話劇の行間に人生が委ねられている。暗黙の了解や間という概念を、私はアジアの絵画や詩から学んだ」

情報化で変容する社会を鋭く批評しながら、人生の機微がユーモラスに浮かぶ。20日公開。

(古賀重樹)

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