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「一人ではない」 清原和博氏、再起への一歩
編集委員 篠山正幸

2019/12/10 3:00
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1980年代から2000年代を代表する打者である清原和博氏(52)が、ファンの声援を背に、球場に帰ってきた。11月30日、神宮球場で行われた野球選手の再チャレンジを支援するイベントに、監督として参加。薬物事件を経てなお、心を寄せてくれる人たちに、再起への意欲をかき立てられたようだった。

神宮球場で行われた「ワールドトライアウト」終了後の会見で、野球や支えてくれたファンへの思いを語る清原氏(左)

神宮球場で行われた「ワールドトライアウト」終了後の会見で、野球や支えてくれたファンへの思いを語る清原氏(左)

「ワールドトライアウト」と銘打たれたイベントはプロ球界入りを目指す選手たちの売り込みの場として設けられたもので、試合形式で投打の実力をテストした。独立リーグの選手に加え、前中日の友永翔太選手、前西武の高木勇人投手も参加した。

プロ球界への再挑戦の場としては12球団の合同トライアウトがある。「ワールドトライアウト」は日本の選手の日本のプロ野球への橋渡しだけでなく、日米間の選手の異動の通路となることも目指しており、外国人選手4人も、来日した。高木投手はメキシコリーグでプレーする意向を持って臨んだという。

運営会社の「WorldTryout」を率いる加治佐平代表取締役最高経営責任者(CEO)が、プロ野球からいったん解雇された選手や、ドラフトにかからなかった選手たちが再挑戦できる場が少ない現状に心を痛めて企画したもので、今回が第1回。

その理念の象徴として白羽の矢が立ったのが「清原監督」だったという。通算525本塁打、プロ野球歴代5位の記録を持つ球界の顔の覚せい剤取締法違反による逮捕は衝撃的だった。これが16年2月。その後有罪が確定し、現在執行猶予中だ。

指導者としても期待された引退後だが、ユニホームを着ることはなく、事件後はさらに球界から距離を置くことになっていた。

清原氏の再起への第一歩としてほしい、としていた加治佐氏はイベント終了後の記者会見で「再出発のシンボルとして清原さんに采配をふるってもらったのはよかった」と話した。

ファンから「よく帰ってきたね」

2500~3500円という決して安い入場料ではなかったにもかかわらず、主催者によれば2000~2500人の入場者があった。「よく帰ってきたね」という声援が多く、選手の家族ら関係者を除くお客のほとんどは清原氏のファン、とも思われた。

加治佐氏から声をかけられたとき「本当に自分でいいのか」と自問自答したという清原氏にとっても、いまだ冷めないファンの熱にじかに接することができたという点で、またとない機会になった。

「(現役)当時の横断幕が見えたりだとか、ライオンズ時代のファンの方もいらっしゃった。(現役時代)何回もけがをしたが、ファンの声援で、リハビリ(への取り組み)やグラウンドに帰ってきたいという気持ちが大きくなった。事件を起こして、グラウンドに帰ってきたんですけど、またファンのみなさんにこうして応援していただけたというのは本当に、心からうれしいですね」

プロ野球という人気商売の世界に入り、一人でもファンがついたとき、選手の体はもう当人だけのものではなくなる。そのことは清原氏も重々わかっていたはずなのに、道を誤った。

残念なことだったが、一度道を踏み外しただけでアウトとなり、復帰の道が閉ざされるとしたら、そういう社会もまた硬直的すぎるだろう。罪を犯しても、償いとやり直しの道は必ずあるはず。その道を開いてみせることが、今後の清原氏の責務となる。

イベントのなかでは西武の先輩で、新人時代の師匠格だった東尾修氏との対談もあった。

ワールドトライアウトで東尾修氏(左)と対談する清原氏。西武から巨人に移籍した経緯など、秘話が披露された

ワールドトライアウトで東尾修氏(左)と対談する清原氏。西武から巨人に移籍した経緯など、秘話が披露された

ドラフトで自分を指名してくれなかった「王巨人」との日本シリーズで、勝利を前に涙を流したこと、日本シリーズ史上唯一、第8戦にもつれこんだ1986年の西武―広島のエピソードとともに、96年オフの巨人移籍については、西武のなかで自分の立ち位置を見失いかけたことが動機の一つだったと明かした清原氏。

桑田真澄氏とのKKコンビでわかせた高校時代から、プロに至るまで、名場面の多くに登場する清原氏の足跡の大きさに、改めて感じ入るばかりだ。その名が欠けたら、球史は虫食いの穴だらけのようなものになるだろう。

「野球を一番大切なものとして」

この日は西武時代の背番号「3」を付けたが、実は「70」を付けたかったのだという。「(戦力外となって)野球ができなくなったときに、自分を拾っていただいた」というオリックス・仰木彬監督の背番号だ。栄光と挫折、すべての経験が糧となり、清原氏も仰木氏のような懐の深い指導者になる素地があるかもしれない。

待たれるのはトークショーで東尾氏が語った「本当の復活」だ。本当の復活とは「NPB(日本プロ野球)のユニホームを着ること」(東尾氏)。

それが厳しい道になることは本人もわかっている。いずれはプロ野球界への復帰を目指すのか、という質問にこう答えた。

「地道に、日々の努力をしていかないと。自分ではそういう気持ちで進んでいきますけど、一歩一歩、しっかり足元をみつめて、野球というものを一番大切なものとしてやっていきたい」

人生は一回の負けでアウトではない。敗者復活の道があっていい、という趣旨で企画されたこのイベントは選手の人生の複線化、複々線化を目指すもの。清原氏がその道を行く最初の一人になることを期待したい。

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