洋画家・須田国太郎にちなみ財団 多様な美術振興に軸

文化往来
2019/12/11 10:11
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須田国太郎(須田寛氏提供)

須田国太郎(須田寛氏提供)

洋画家の須田国太郎にちなんだ一般財団法人「きょうと視覚文化振興財団」(京都府宇治市)が、11月1日発足した。息子の須田寛JR東海相談役が関係者に呼びかけて設立した。有望な新人作家への助成や美術史研究者の育成、機関誌発行などを通じて、広く美術振興を図る。

きょうと視覚文化振興財団理事長の原田平作氏

きょうと視覚文化振興財団理事長の原田平作氏

須田国太郎は京都帝大卒で、美学研究の道から転向した遅咲きの画家。「師弟関係を持たずに出発したため、技術面だけでなく、発表の場探しなど、画業の初期は苦労を重ねた。特に日本画の伝統が優勢な京都画壇で油彩画を志す不利を痛感し、後進が育つ環境の整備を常々気にかけていた」(息子の須田寛氏)という。

財団では原田平作・大阪大学名誉教授が理事長を務めるのをはじめ、島田康寛・前神戸市立小磯記念美術館館長ら6人が理事に就く。理事長の原田氏は京大文学部哲学科で美術史を専攻し、画家の後輩にあたる。「京都市立美術館の学芸課長だった時に須田画伯が死去し、作品の整理をお手伝いし、同館で開いた遺作展も担当した」(原田氏)経緯もあり、理事長を引き受けた。

画家・須田国太郎の息子でJR東海相談役の須田寛氏

画家・須田国太郎の息子でJR東海相談役の須田寛氏

年2回、機関誌「須田記念視覚の現場」を発行し、将来は公益財団への改組を目指す。画家の名前を財団名に冠しなかったのは「須田国太郎の業績顕彰にとらわれず、むしろ画家が生前願っていた西洋と東洋の美の総合を目指し、多様な美術振興事業に軸足を置くため」(原田氏)という。

生前の画家は気難しかったという。「父は制作するときはネクタイを付け正座してカンバスに向かった。絵を描くというより、むしろ格闘するという方がふさわしいと思った。子どものころ、背中越しに声をかけたらすさまじい気迫で『だまれ』と一喝された」と須田寛氏は話す。

(岡松卓也)

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