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煙で染色いにしえの技 鹿革に模様「印伝」奈良の工房

匠と巧

稲わらを燃やして出た煙で鹿革を染める=笹津敏暉撮影

ガタン。ガタン。ガタン。奈良県宇陀市の山あいにある小さな工房から、のんびりとしたリズムが響く。だが、心地よい音からは想像もできない過酷な作業が中では繰り広げられていた。煙が充満し、まともに目を開けられず、マスクなしでは息もできない房内。そこで大きな筒を長時間回し続けるのは南浦太市郎さん(67)。「印傳工房南都」を創業した印伝職人だ。

印伝は、なめした鹿革に模様を施した革工芸品。古くは刀やよろいなどの武具を飾り、現在は財布や小物入れ、バッグなどとして需要がある。主に漆で装飾する山梨県の「甲州印伝」が全国的には知られる。

南浦さんがこの道を志したのは25歳の時。父親が持っていた印伝の巾着袋を見たのがきっかけだ。化学分析の研究所に務めていた南浦さん。薬品の知識を持ち合わせていたこともあり、鹿革の風合いを残した染色技法に感銘を受けた。「印伝の神髄に迫りたい」と、皮革製品の生産が盛んな市内の菟田野地区に工房を立ち上げた。

(右上から時計回りに)ウサギ柄の漆印伝、交差縞の燻し印伝の長財布、南浦さんが再現した東大寺の国宝「葡萄唐草文染韋」の模様、南浦さんの収集品である竜の金物細工が付いた古い印伝、ショウブ柄がくっきり残る古い染め抜き印伝、刺しゅうを施した江戸時代の印伝、「馬鞍第6号」(正倉院蔵)の 鞍褥(くらじき)をイメージし南浦さんが施した模様

追求したのは漆ではなく煙で革を染める「燻(いぶ)し」という技法だ。平安時代の法令集「延喜式」に記述があり、奈良時代に確立したとされる。鹿革の滑らかさを損なわず、独特の味わい深さがにじむのが特徴だ。このいにしえの技法を再現し、40年来、技を磨いてきた。

狭い工房の大部分を占めるのは木製の大きな筒。そこに鹿革を張り、かまどの稲わらに火をつける。煙が上がったら筒を回転させ革を燻す。色づきを確認しながら、煙が多ければ早く、少なければゆっくり回す。速度を変えることでムラをなくせるという。

この工程を2、3時間続けると、白い鹿革が黄褐色に染まる。松葉を燃やせば上品なうぐいす色に。革に糸や型紙をあてがえば、煙があたらない部分が模様として浮かび上がる。

販売用の製作とは別に、奈良~江戸時代の印伝の複製にも取り組む。古人の技の巧妙さに近づきたいとの思いからだ。東大寺(奈良市)に伝わる国宝「葡萄唐草文染韋(ぶどうからくさもんそめかわ)」や正倉院の宝物など数々の複製に挑んできた。2016年には業績が評価され、「現代の名工」に選ばれた。

そんな南浦さんでも複製できない古い印伝がまだあるという。「挑戦と失敗を繰り返し、新たな技術を得ることが一番の喜び」と語り、先人たちの後ろ姿を追い続ける。最近、東京の企業を通じ、ワニ革を燻してほしいというフランスの著名な革細工作家の注文が舞い込んだ。解き明かせない卓越した古人の技しかり、未知の領域に挑むのは心が躍るという。

同地区で印伝を手がける工房は少ない。南浦さんの下では現在、長女の田中由香里さん(46)ら5人の職人が働く。「失敗が成長の糧」と南浦さんは多くを教えず、自ら考え挑戦することを望む。そして、自身が再現した奈良時代の技法が悠久の時を刻み継承されることを願う。

(笹津敏暉)

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