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「先延ばし」で痛恨の一撃 進むべき方向、すぐ決断

ベネッセホールディングス社長 安達保氏(上)

ベネッセホールディングスの安達保社長

通信教育から介護・保育まで幅広い事業を手がけるベネッセホールディングス。2014年に発覚した顧客情報漏洩事件の影響で、連結決算が2期連続の最終赤字となり社長が相次ぎ交代するなど経営が迷走したが、現在は売上高も回復傾向。主力の通信教育講座の会員数も持ち直した。立て直しの指揮を執る安達保社長は3年前、外資系投資ファンドの日本トップから転身したプロ経営者。現場と直接対話を重ねて進むべき方向を「すぐに決めて示すこと」がリーダーの役割だと語る。

◇  ◇  ◇

――経営者としてリーダーの条件は何だと考えていますか。

「私はベネッセという大きな組織を率いています。この組織がどういう方向に進むのか、そのビジョンを示すことが、リーダーとして一番重要な仕事だと思っています。それは会社組織だけでなく、チームやグループなど組織をリードする立場の人間は組織が何を目指しているのかを、きちんと示すことを求められると考えています」

「ただ、そうはいっても、誰もついてこなかったら意味がありません。方向性を示した上で、信頼されて『ついていこう』と皆に思ってもらうことが大切です。そう思われる人格であったり、価値観を持っていたりすること。それがリーダーとして重要なのでしょう」

――2016年に社外から社長として招かれました。戸惑いはありませんでしたか。

「実は私は03年から、ベネッセの社外取締役を断続的に務めてきました。都合10年以上務めたので、ベネッセのカルチャーというか、社員が大切に思っていることは大体分かっているつもりでした。ただ、社長を引き受けるにあたり、それをよりきちんと理解して、寄り添いながら方向性を示す必要があると考えました」

現場との対話で、会社の本当の姿が見えてくる

「最初に取り組んだのは社内の様々なレベルの社員と直接、話をして、毎週全員にメールを送ることでした。毎週、少人数で集まって自由に意見交換する『ラウンドテーブル』と呼ぶ会合を開きました。そして月曜日の朝一番に『おはようございます。先週はこういう人たちに会って、こう感じた。こんな刺激を受けました』とメールを送るのです。会社の目指すべき姿について、私の考えを理解してもらうだけでなく、社員のみんなが大切に思っていることを理解するために、こうした場を活用しました」

「主に30歳代から40歳代を中心に、普段は社長と直接会う機会がない現場の人たちと話をしました。部長職以上の、いわゆる会社のリポートラインに上がってこない現場から直接、仕事の課題や目標を聞くことで、会社の本当の姿が分かるのです。そこで気づいたことを、今度はリポートラインの人たちに、『こういう話を聞いたけれど、これをやってみたらどうか』とフィードバックするのです。頻度こそ落ちましたが、直接の対話は今も続けています」

――社員との対話で何を感じましたか。

「14年に顧客情報漏洩事件が起きて、業績も非常に悪くなっていました。私が社長に就いた16年当時も、業績に対する不安感や、『これから会社はどうなるのだろう』という雰囲気がまだまだあって、自信を失っていると感じました。ですから社長に就任したとき、社員に向かって『2つ大きなことをやろうじゃないか』と言いました」

傷ついたブランドをもう一度輝かせよう

「一つは傷んでしまったベネッセのブランドをもう一度輝かせようということです。ベネッセは教育や介護の分野で、すばらしい仕事をしてきたし、これからもやろう、と伝えました。もう一つはベネッセを社員にとって本当にやりがいのある場所にしよう、ここで働いて良かったと思える場所にしよう、と訴えました。直接話し合ったのは、それを伝える狙いもありました」

――社内の雰囲気は変わりましたか。

「会社の空気やカルチャーを変えるのに一番いいのは、業績が良くなることです。そうすればみんながすごく前向きになります。私が幸運だったのは、就任翌年の17年4月、落ち込み続けた通信教育講座『進研ゼミ』の会員数(幼児向け『こどもちゃれんじ』を含む)が245万人で下げ止まったことです」

スポーツも好きだが、華麗な職歴と同様に転身が多かった。「栄光学園に通った中高生時代はテニス、大学ではスキーをやりました。社会人になってゴルフを始めて一生懸命やりましたが、最近はやっていないなあ」(前列左から2人目が安達氏)

「最大時の約400万人には及びませんが現在は262万人まで戻りました。これは会社の雰囲気を変えるのに大きく役に立ちました。みんなまだ『何か変えなくてはいけない』と不安だったようですが、『とにかく落ち着け、自信を持て』と伝えました。ドラスチックに変えるより、今まで正しいことをやってきたのだから、そのやり方を思い出して取り組めば大丈夫と訴えました」

社員に価値観を伝える

「ベネッセの強みは『よく生きる』という企業理念を社員が共有していて、社会に貢献していこうという気持ちが非常に強いことです。世の中でこれ以上のことをやっている会社はそうそうないのだから、自信を持ってやっていこう、と社員に価値観を伝えることがリーダーとして重要なことだと思います。もし、私の次の社長に求める条件があるとすれば、価値観をちゃんと持っている人、誠実である人でしょう。具体的な後継者の話があるわけではありませんが」

――自分をどのようなタイプのリーダーだと思いますか。

「大きな方向性を間違わず、みんなにわかるようにその方向性を示せるリーダーになりたいと、努力しているつもりです。あと比較的、人の話をよく聞くタイプだと思います。エネルギーを持って意思を伝え、みんなを引っ張っていくタイプにも憧れますが、自分はできるだけ色々な人の意見を聞き、みんなの力をできるだけ引き出すように心がけています」

「会社というのは結局、組織としての総力がどれだけ大きいかで決まってしまいます。組織の力を最大限引き出せる人が本当のリーダーだと思うのです。私のスタイルはできるだけみんなの話を吸い上げて、何をやりたいと思っているかを聞いて、実際に自分でやってもらう。それが組織を強くするのです。その上で、リーダーとして決断するところは自分で決断する。決断できるかできないかということはリーダーとして非常に重要です」

――決断力の重要性を認識するきっかけは。

「米投資ファンドのカーライル・グループで日本代表を務めていた際、決断を先延ばしにして大きな失敗をしました。私の最大の失敗です。カーライルは2004年にDDI(第二電電、現KDDI)系PHS(簡易型携帯電話)のDDIポケット(後のウィルコム)を買収しました。はじめはすごくうまくいったのですが、だんだん経営状況が悪くなり、ついには新規株式公開(IPO)できない状態となってしまいました」

決断を遅らせては絶対にいけない

「カーライルとしてはそのタイミングで、すぐにエグジット(投資回収)すればよかったのです。でも、もう少し待てばIPOできるのではないかと決断が遅れてしまいました。そのうち08年にリーマン・ショックが起きて、結局は会社更生法の適用を申請することとなりました。決断を先延ばせば、その場しのぎにはなるかもしれません。しかし、取り巻く環境は常に変化し続けるのです。決断を遅らせては絶対にいけないと、今も肝に銘じています」

「会社にとって一番正しいことは何か、社会にとって何が正しいのかを、顧客と会社の中長期の発展のために、と考えるようにしています」

――リーダーとして決断する際、何か判断基準やルールはありますか。

「みんなが悩んでいれば、『問題はそこじゃないよ』といったふうに、すぐに決めるようにしています。判断基準はすごく単純で、最終的に正しいこと、何が正しいのかをもとに決めます。では何が正しいのかと問われると困ってしまうのですが……。一種の勘というか、今までの経験でしょうか」

「会社にとって一番正しいことは何か、社会にとって何が正しいのかを、ショートタームではなくて、顧客と会社の中長期の発展のために、と考えるようにしています。具体的には、ベネッセは人のために社会問題を解決する会社としてやってきているのですから、そのために一番重要なことは何なのかな、と考えています。そして、最後は自分の良心に問いかけてみて、判断のよりどころにしています」

正しいことをする

「正しいことをする、というのは、子供のころからの価値観かもしれません。私は栄光学園(神奈川県鎌倉市)という中高一貫のミッション校で学びました。私自身は幼児洗礼を受けたキリスト教徒なので、親からも学校からも『曲がったことをしてはいけない』とよくいわれていました」

――ベネッセで「この決断をして良かった」という事例はありますか。

「社長就任後すぐ、17年にコールセンター子会社を売却したことでしょうか。コールセンターの仕事は主力の進研ゼミと非常に密接に関わるので、売却には反対の声もありました。でも、長期的にみて効果は出ないと私が決断して売却しました。売却した後もいい形で協力できています。本質であるコアの見極めと決断が大切ですね」

「19年3月期の減配もそうです。それまでベネッセは減配したことがなく、業績が悪化してもそれを変えられずにいたのです。私が『正しい』と思う判断基準で減配を決めました。結果として、株価は下がらなかったし、キャッシュ(手元資金)の流出も抑えることができました。そうはいっても、今も課題が山積みで、決断することが多くて大変ですけどね」

安達保
1953年生まれ。東京都出身。77年東大工卒、三菱商事入社。88年マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに入社、95年パートナーに。97年GEキャピタル・ジャパン事業開発本部長などを経て、2003年カーライル・ジャパン・エルエルシー マネージングディレクター日本代表。16年10月から現職。

(笠原昌人)

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