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京都の花街に咲いた幾多の名句 炭太祇と「島原俳壇」

時を刻む

明和8年の歳旦帖にある太祇の句「雪の上へ雪うちはたく若菜哉」

かつて京都の花街として栄えた島原(京都市下京区)。華やかな遊宴の場にとどまらず、和歌や俳諧などの文芸も盛んで、江戸時代の中期には「島原俳壇」が形成された。その指南役だったのが、島原の中に庵(いおり)を結んで暮らした風狂な俳人、炭太祇(たんたいぎ)だ。俳人で画人の与謝蕪村の盟友でもあり、花街島原の活性化のプロデューサーでもあった太祇の足跡をたどった。

「これが太祇が編んだ最後の歳旦帖(さいたんちょう)です」。往時の島原の面影をしのばせる揚屋(あげや)「角屋(すみや)」。その15代目で「角屋もてなしの文化美術館」の中川清生館長(71)が取りだしたのは、明和8年(1771年)発行の木版刷りの小冊子だ。

歳旦帖とは新年ごとに編まれた句集のこと。「太祇や蕪村、角屋6代目の徳門の名前もありますが、ひな路、初音などとあるのは皆、太夫たちです」。揚屋は、太夫や芸妓(げいこ)を置屋(おきや)から呼んで歌舞の宴を催すところ。茶会や句会も開かれて風流人が集う文化サロンのような場所でもあった。客をもてなす太夫だけでなく、揚屋や置屋の主人にも和歌俳諧のたしなみが求められたという。

40歳過ぎ京都へ

炭太祇は江戸の人。40歳を過ぎてから諸国放浪の末、京に上り、はじめは大徳寺で禅の修行に励んだ。やがて一転、島原に俳句宗匠として招かれ、遊女たちに手習いや俳句を手ほどきして暮らした。蕪村研究家で俳諧に詳しい藤田真一関西大名誉教授は「太祇はもとは江戸の吉原に住み、名の聞こえた俳諧師だった。大徳寺で出家したのは、2人の子どもを亡くしたことがきっかけだったのではないか」と推測する。

太祇を島原に招いたのは、置屋を営んでいた桔梗(ききょう)屋呑獅(どんし)。桔梗屋の隣に「不夜庵」を結んだ太祇は、島原の住民たちとこまやかな交流を持ち、風俗や人事を活写した名句を残している。特に人の動きをからませ、人間味を織り込んだ句に秀でていた。

初恋や燈籠(とうろ)によする顔と顔

水瓶(みずがめ)へ鼠(ねずみ)の落ちし夜寒(よさむ)かな

蚊屋(かや)くゞる女は髪に罪深し

与謝蕪村と親交

島原は江戸幕府公認の花街だったが、太祇が招かれた頃は市中の祇園などに人気が移り、隆盛のピークを過ぎていた。足が遠のいていた客を呼び戻そうと、からくり人形を飾った灯籠や太夫による仮装行列などの年中行事を始めたが、アイデアは江戸の風俗を知る太祇が助言したのだという。

「太祇馬提灯図」(早稲田大学會津八一記念博物館所蔵)には句会帰りの太祇(左)と蕪村が描かれている

晩年の6年間は蕪村と深く交わった。太祇は蕪村より7歳年上。「蕪村の三菓社句会が発足した時、太祇はほぼ皆勤に近い出席率で、京の各地で催される句会に同座することも多かった。同じ江戸座に俳諧のルーツを持つ太祇は蕪村にとって最も頼りがいのある同志だった」(藤田氏)。蕪村筆「太祇馬提灯図(たいぎうまちょうちんず)」には句会帰りの太祇と蕪村がユーモラスに描かれている。

往時の島原の面影を残す揚屋「角屋」(京都市下京区)、天明7年(1787年)の増築後、現在の規模になった

全盛期には約200軒の揚屋や置屋などが軒を連ねた島原だが、明治になると次第に衰退。いまわずかに面影が残るのは角屋のほかは置屋として1軒残る「輪違屋(わちがいや)」と島原大門だけだ。

角屋は日本で唯一の揚屋建築として国の重要文化財に指定され、1998年から島原の文化を伝える「もてなしの文化美術館」として一般公開されている。現在、角屋保存会の設立30年記念として蕪村筆「紅白梅図屏風」や円山応挙が島原太夫を描いた「太夫図」などを展示する(15日まで)。

中川館長は「島原は東京の吉原とは異なり、歌舞音曲を供して遊宴する花街として発展したところ。江戸時代には文人墨客が集う文化サロンとして花開いたことを知ってほしい」と語る。

襖や欄間などいたるところに意匠をちりばめた「角屋」2階の座敷

「仏を拝むにもほ句し、神にぬかづくにも発句せり」と蕪村が記したように、太祇は俳諧三昧の日々を送り、明和8年、63歳で没した。亡くなった後の不夜庵には推敲(すいこう)の反故(ほご)がうずたかく積まれていたという。

それなりの屈託もあったろうが、市中の隠者のように暮らし、一派を成すこともなかった。没後、蕪村らによって句集が編まれ、後世に約900の句が残る。太祇の墓は島原から北東へ約1キロ、綾小路通大宮の光林寺にある。

(岡本憲明)

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