復帰初日、5分で納得 子育てよりも仕事はずっと簡単
PGIM キャサリン・セイコーさん

日本に比べて女性の社会進出が進んでいるといわれる米国。それでも、仕事と家庭の両立は簡単ではない。2人の息子を育てつつ、米資産運用会社PGIMでチーフ・インクルージョン&ダイバーシティ・オフィサーとして働くキャサリン・セイコーさんは「世間が求める母親像に縛られず、母親として何が一番大切かを常に選択することが大切」と話す。
日中も搾乳 オフィスに付いたブラインド
米金融大手JP モルガン・チェースのセールス部門で働いていた間に、2人の子どもを出産しました。39歳と42歳でした。すでにそれなりのキャリアを重ね、自分で働き方をフレキシブルに決められる立場にありました。広告関連の仕事をしていた夫も、働く時間を自由に決められたので、自宅で、しかも2人で子どもの面倒をみられました。
長男を産んだ際には3カ月程度で職場に復帰し、日中は「ケアテイカー」に世話をお願いしました。母乳で育てたので、日中も職場で搾乳しなくてはいけません。上司に掛け合い、私のオフィスにブラインドをつけてもらいました。出張時は搾乳用の荷物を持ってでかけました。
こんなやり方を理解してくれる人もいれば、そうでない人も。私は責任のある立場でしたので、職場の女性にも男性にも、こういうふうに仕事を続けていくのだと分かってもらいたかったのです。
子育てと仕事を両立する上で、時間のやりくりは大変でした。それ以上に周囲の目が厳しかった。当時の金融業界は男性的で、妊娠した時点で「仕事やる気があるのか?」という目で見られました。こんな懐疑的な視線にどう対処しようか。悩んだ末、私は仕事と家族を分けて考えるのではなく、一体として捉えて、若い社員のロールモデルになろうと意識しました。新米ママでも成功できるということを部下に証明したかったので、大きな重圧はありましたが。

幸いにも、会社がワークライフバランスを重視する方向に進む過渡期で、男女問わず子育てを推奨することが長期的にはメリットがあると考え始めていたのです。しばらくして、会社には授乳・搾乳室が整備されました。
日本では家事や育児に外部サービスを利用することに対し、いい顔をしない人もいるようです。私の場合、それはありませんでしたが、子どもが成長する過程の特別な瞬間に立ち会えない寂しさは感じていました。ただそれは仕事とトレードオフの関係であり、諦めなければいけません。そんな寂しさの一方で、新しい発見もありました。長男を出産して職場に戻った初日のわずか5分で「子どもの世話をするより仕事の方がずっと簡単」と気づきました。共感する女性もいると思います。育児はそれほど大変なのです。
次男を出産した際には1年間の休みをとった。楽しい時間ではあったが、子どもの言葉で傷ついたこともある。
育休を上司に打診したところ、最初は快く思っていなかったようです。「辞めることもできます」と告げ、納得してもらいました。2人の子どもと楽しい時間を過ごすことができました。
「完璧でなくてもいい」 それよりも
でも、育休中にこんなことがありました。3歳くらいだった長男の友達が遊びに来て、みんなで夕食をとっていると、息子は友達に言ったのです。「お母さんは家の用事をちょこちょこやっていて、お父さんが働いているんだ」。思わず感情的になりました。「長い間しっかり働いてきて、家事もやって、この家だって買ったのに、そんなふうに言われるのは心外!」。子どもの目には、毎日おもちゃを片づけたり、食事の支度をしたりする姿が「使い走り」に映ったのでしょう。
翌日、家族で話し合い、仕事に戻ることにしました。自分のアイデンティティーは仕事。このとき、強く感じました。

働いている人の多くは完璧でありたいと思いがちです。私も、完璧を期して子どものランチを用意していました。栄養のバランスやおいしさを考えて。ところが息子ときたら、友達の持ってきたピザやピーナツバター&ジェリーサンドと手作りランチを交換するのです。ショックでした。そして、「完璧である必要はない」と考えるようになりました。
いまだに悩むことはありますが、いい母親とはおいしいいランチを作ったり、子ども部屋をきれいにしたりすることだけではない、と自分に言い聞かせています。それより一緒に本を読むことを大切にしています。社会が求めるようないい母親でないからといって自分を責めるのではなく、子どもたちとの時間をどう使うのか、選択するようになりました。本当に大事なことは何で、表面的なものはどれか、常に考えることが大切です。
両親は私に、お金で人を判断しないことや、家族の絆が大切なことだと伝えてくれました。家庭で過ごす時間が限られるので、夫とは互いの役割を決めました。私は子どもたちに、他人に対する寛容さと平等と尊敬の念を持つようにと教えてきました。いい仕事に就いていると思ってもらえるとか、かっこいいとかではなく、世の中をよりよい方向にすることに力を注いでほしいと願ってきました。
1年前にチーフ・インクルージョン&ダイバーシティ・オフィサーという仕事を打診されたとき、ずいぶん悩みました。以前から興味は持っていましたが、培ったセールスのスキルが役に立ちません。そんなとき、子どもたちが「今までやってきたどんな仕事よりも社会的に意味があるじゃないか、だからやるべきだ」と背中を押してくれたのです。今まで大事に教えてきたことが生きていると実感しました。人生の目的や自分の役割など、家族でよく話します。
世の中ではD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)が一般的ですが、私の今の仕事は順番が逆でI&D。才能ある人々を取り込んでしっかりと組織の中に組み込んで、彼らの実力を伸ばしていくことです。一人ひとりが活躍してくれればビジネスがついてきます。この好循環を生むことが大切と考えています。
(聞き手は女性面編集長 中村奈都子)
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