スポーツ、地方分権の力に 経済学者・橘木俊詔さん
未来像 京都女子大客員教授

■経済格差や社会保障をテーマに研究してきた経済学者で京都女子大客員教授の橘木俊詔さん(76)。「『地元チーム』がある幸福」(集英社新書)などスポーツに関する著書も多く、スポーツを通じた地域活性化の意義を説く。
今秋、日本で開催されたラグビー・ワールドカップ(W杯)の盛り上がりは興味深かった。東京や横浜の大都市、ラグビーどころの大阪府東大阪市のほかに岩手や大分の地方都市でも開かれ、全国12の会場全てが盛況だった。
五輪は基本的に招致した都市でのみ行われるが、名乗りを上げられるのは競技場などの設備が整った大都市ばかり。日本で夏季五輪の開催実績があるのは東京だけだ。五輪は規模が大きくなりすぎ、海外では招致を断念する都市が続出。1つの都市だけで開催する方式は時代遅れになっている。その点、色々な地域で開催するラグビーやサッカーのW杯はスポーツイベントのあるべき姿を示している。
■分散開催の成功が見せた、スポーツ界における「地方分権」の好例は各地で見ることができるという。
例えば、沖縄市を本拠とする男子プロバスケットボールの琉球ゴールデンキングス。現在のBリーグの前身であるbjリーグ時代、琉球の1試合あたりの平均入場者数はリーグ平均の2倍にあたる約3千人に上った。在日米軍の兵士と家族がバスケに興じる姿を見て、沖縄の人たちは自然とバスケに親しんでいった。そこに着目し、バスケでプロチームを立ち上げたところに先見の明があった。
サッカーではサガン鳥栖。現在の人口が約7万3千の佐賀県鳥栖市にあるチームがJ1に所属できている一因に立地条件の良さがある。鳥栖は九州縦貫自動車道と九州横断自動車道が交わる場所で、JR鳥栖駅は鹿児島本線と長崎本線の分岐駅。九州のあらゆる地域から人が集まりやすい利点をうまく生かした。

では関西の資産は何かというと「ライバル関係」が挙げられる。J1のガンバ大阪とセレッソ大阪が対戦する「大阪ダービー」は異様な盛り上がりを見せる。ダービーマッチは付加価値が高いもので、この戦いだけは負けられぬという決戦のムードに満ちる。対決の構図をあおるのはプロスポーツの宣伝活動として受容できるもの。Bリーグでも京都ハンナリーズと大阪エヴェッサの戦いを「関西ダービー」と位置づけると、地元はより活性化するだろう。
■物心ついた頃から阪神タイガースのファン。阪神の発展もライバル関係から捉えることができるとみる。
生まれたのは甲子園球場がある兵庫県西宮市。熱烈な虎党の父に感化され、自分も生粋のファンになった。阪神が巨人に勝つことに生きがいを感じた世代の一人で、村山実や江夏豊が長嶋茂雄、王貞治を切って取ったときの喜びといったらなかった。
ファンも選手も巨人への対抗心を燃やした背景に、当時大阪に渦巻いていた「対東京」のムードがあった。東京が目覚ましい発展を遂げ、巨人も強さを誇ったことでライバル心がたきつけられ、ファンは関西のシンボルともいえる阪神に思いを投影した。東京一極集中の是正には関西経済の活性化が必要だが、阪神はその一翼を担っているといっても過言ではないと思う。
甲子園にお客さんが入るように優勝争いをし、だからといって優勝すれば選手の年俸を上げなければならないから「2位でええ」と、かつての球団社長は言ったという。半分あっけにとられた一方、関西商人の賢さがうかがえるエピソードとして半分は感心させられた。ただ、今はチームもファンも望むのは頂点のみ。関西経済の地盤沈下を防ぐ意味でも猛虎復活に期待したい。
(聞き手は合六謙二)