「脅威にならず」「粛清も」 韓国で見方交錯 金日成氏の息子、31年ぶり北朝鮮に

北朝鮮
朝鮮半島
2019/12/3 16:15
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北朝鮮の駐チェコ大使を務めた金平一氏(2015年1月、プラハ)=AP

北朝鮮の駐チェコ大使を務めた金平一氏(2015年1月、プラハ)=AP

【ソウル=鈴木壮太郎】北朝鮮の故金日成主席の息子で、駐チェコ大使だった金平一(キム・ピョンイル)氏(65)が31年ぶりに北朝鮮に帰った。異母兄の故金正日総書記との跡目争いに敗れて以降、欧州にとどまった平一氏が今になって戻ったのはなぜか。金正恩(キム・ジョンウン)委員長体制の脅威とはならないためとの見方が多いが、一部には粛清説もある。

平一氏の消息は11月4日、韓国の情報機関の国家情報院が国会で「(義兄の)キム・グァンソプ駐オーストリア大使とともにまもなく帰国するようだ」と報告した。29日には「帰国が確認された」と報告した。

平一氏は建国の父、金日成主席と2番目の妻、故金聖愛(キム・ソンエ)氏との間に生まれた。金主席の直系を示す「白頭血統」だ。金聖愛氏は平一氏を後継者にするため、1970年代初めから平一氏とは一回り上の義兄にあたる正日氏と激しい権力闘争を演じた。父と外見がよく似た平一氏は一時、有力な後継者として浮上した。

だが、74年に正日氏が後継者に内定すると、金聖愛氏の子どもは政治的な弾圧対象となる。平一氏は1988年にハンガリー大使に転じ、以来、ポーランド、フィンランドなど欧州の大使を転々とした。

この間、北朝鮮に戻ったことが確認されたのは94年の金日成主席の葬儀と、金正恩氏が在外公館長を招集した2015年くらいだ。そんな平一氏がなぜいまになって北朝鮮に帰ったのか。

駐モスクワ大使館で書記官を勤めた外交官出身の脱北者は「外交官の立場からみれば、あれだけ長い間、海外勤務をしたこと自体が一種の特恵だ。もう年だから帰りたいという本人の意思を金正恩氏が受け入れたとみるべきだ」と分析する。

平一氏を巡っては、17年に金正恩氏の異母兄の金正男氏がマレーシアで暗殺された後、脱北者団体から亡命政府の首班となるよう打診を受けたとされる。本人は何も答えなかったとされるが、金正恩体制にとってはなお脅威であるとの見方もある。

これについて同脱北者は「北朝鮮住民としては共感できない」と否定する。「金平一氏には何の国内基盤もない。金正恩の権力基盤は確固としており脅威にはなりえない」と一蹴する。

韓国大統領府で国家安全保障会議情報管理室長を務めた金正奉(キム・ジョンボン)氏も同じ見方だ。「もう引退する年齢だ。海外に住まわせて騒がしい話が出るよりは引退させて帰国させたほうがいいという程度の話」とみる。

一方、洪官憙(ホン・グァンヒ)成均館大招聘教授は亡命政府の樹立運動と関連づけ「金正恩が危険要素を事前に遮断するため国内に戻して直接管理しようとしているようだ。状況によっては粛清される可能性も十分にある」と指摘する。

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