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崖っぷち日本代表救う B1川崎・ファジーカス(下)

10月に生まれた長女は希子(きこ)、もうすぐ2歳になる長男は海渡(かいと)。昨年4月に日本国籍を取得したファジーカス・ニック(川崎)は2人の子供にこんなミドルネームをつけた。今や「第2の故郷」と感じるまでになった日本。27歳で文字通り海を渡る決断をするまでに、栄光も挫折も味わってきた。

五輪に出場できる帰化選手は1人だけ。「五輪は僕が連れて行ったステージ。その景色を見たい」と語る

米コロラド州で育ち、自宅の庭のゴールが遊び場だった。中3で185センチあった身長が「半年で一気に24センチ伸びた」ことでキャリアは大きく動き出す。高校では毎試合30点をたたきだし、2年連続で州のMVP。強豪校ではないネバダ大でNCAAトーナメントに出場し、NBAマーベリックスからドラフトされた。

ただ夢の舞台の壁は想像以上に厚かった。NBA出場はわずか26試合。移籍した欧州では環境の違いに戸惑い、給料未払いも経験した。故障で引退を考えたこともある。ベルギーからフランス、米国を挟んでフィリピンへ。短期間で所属が替わる日々を過ごしていた頃に声をかけてきたのが東芝(現川崎)だった。

「日本で1年しっかりプレーできれば何年もやれるよ」。成田空港から川崎へと向かう車中。通訳との何気ない会話にも気持ちの高ぶりを覚える自分がいた。幸いチームには後に日本代表で同僚となる司令塔の篠山竜青らがおり、4年間でリーグ優勝2回。契約を重ねるうち、帰化はごく自然な選択肢になった。

「母国」の五輪出場へ強い思い

ニコラス・ライアン・ファジーカスという名が官報に載った時、日本代表は崖っぷちにいた。ワールドカップ(W杯)アジア予選で4連敗。過去未勝利の次戦オーストラリアに敗れれば、東京五輪出場も危ぶまれる状況だった。

「確かに日本は豪州に勝ったことがないけれど、今までの日本代表には僕がいなかった」。ロッカールームで自信喪失気味の仲間を鼓舞すると、プレーでもチーム最多の25得点。同じく代表デビューの八村塁(ウィザーズ)と共に歴史的勝利に貢献し、その後の連勝とW杯出場の原動力となった。W杯では5連敗に終わったものの、自身は1試合31得点を記録するなど「どのレベルでも点は取れる」との自信は揺らがない。

五輪に出場できる帰化選手は1人だけ。他のBリーガーにも帰化の噂はあるが、本人はどこ吹く風だ。「五輪は僕が連れて行ったステージ。その景色を見たい。この場所を奪いたいなら受けて立つよ」。復活を果たした「母国」で来年夏に再び世界に挑む。その姿を今からはっきりとイメージしている。=敬称略

(鱸正人)

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