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伊丹十三 ソフト帽に恋したダンディズムの化身

服飾評論家 出石尚三

チャイナジャケットにソフト帽。重ね着スタイルは自由な発想で (c)伊丹プロダクション
19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。



伊丹十三は多才な男でした。20代はじめは商業デザイナー。レタリングやイラストが得意でエッセーも秀逸。それらの才能は、父であり往年の映画監督だった伊丹万作譲りだったと思われます。伊丹万作は随筆の名手でもあり、映画監督の前は挿絵画家だったのですから。

晩年に愛用したボルサリーノの黒いソフト帽

伊丹十三は子供のころから英語が得意でした。当時の日本人としては珍しくLとRの発音がしっかりできたといいます。だからというわけではありませんが、国際的に通用するしゃれ者だったのです。つまり、日本人ばなれした着こなしがちゃんとできる、貴重な男でありました。

晩年の伊丹十三が愛用したものに、ボルサリーノの黒いソフト帽があります。映画「タンポポ」や「マルサの女」などの監督をする時には帽子を愛用し、よくソフト帽をかぶりました。嫌になるほどさまになっていて、ソフト帽と顔がひとつに溶けあっていたものです。

スポーティーなアウターも好んだ (c)伊丹プロダクション

実は戦前、父の伊丹万作が映画を監督する折にも、上等なソフト帽をかぶっていたのです。伊丹十三はどこかで伊丹万作を意識していた。いや、伊丹十三はソフト帽をかぶることで、一瞬、伊丹万作を演じることができたに違いありません。

ソフト帽を親友にする方法は2つあります。いや、たった2つだけといってよいでしょう。

ひとつは上等のソフト帽を選ぶこと。上等のソフト帽とは上等のフェルト、例外なくウサギの毛から生まれます。100%兎の毛のソフト帽を選びましょう。

2番目の条件。それはかぶろうとするソフト帽に、想いを懸けることです。むかしの日本人は恋することを「懸想」と言いました。その「懸想」であります。要するにソフト帽に恋することなのです。

ダンディズムとは? このように考えはじめるのは、およしなさい。眠れなくなってしまいます。

でも、「伊丹十三に倣え」ということなら、至極簡単であります。私は「伊丹十三」こそダンディズムの化身だと思っているのですから。

独自の価値基準に裏打ちされた美学

では、なぜ「伊丹十三」がダンディズムの化身であるのか。それは伊丹十三の着る舶来の服がことごとく、自然に見えたからであります。

伊丹十三は、外車のジャガーのことを英語風に「ジャギュア」と言いました。もし私が同じように「ジャギュア」と言ったなら、歯が浮いてしまう。気障(きざ)この上もなし。でも、伊丹十三の「ジャギュア」は自然に聞こえるのです。

服も同じこと。舶来一流、とびきり上等の服を着るのは、それほど難しいことではありません。懐にゆとりさえあればいいのですから。しかし、それが買えることと、着て自然に見えることとの間には、大きな開きがあります。

ポンチョとのコーディネートもよく似合う (c)伊丹プロダクション

「なるほど、ロンドンからヴェニスへ靴を買いにゆくのはキザな話かも知れぬ。が、この『ドッグ・シューズ』には、一種の中毒作用があって、禁断症状をもたらすのだ。『ドッグ・シューズ』無しでは、わたくしの『服飾プラン』が完結しない!」(「ヨーロッパ退屈日記」伊丹十三著、以下同)

伊丹十三が1960年代に愛したものの一つに「ドッグ・シューズ」があります。イタリア・ヴェニス(ベネチア)の「ポッリ」という店でしか売っていない、スエードの一枚革の軽くて高価な靴です。

「ポッリ」は小さな店で、知る人ぞ知る店。その靴がすり減ったからと、ロンドンからヴェニスに飛んで6足のドッグ・シューズを買いに行ったのです。これは「偏愛」と言ってよいでしょう。

かように伊丹十三には独自の価値基準に裏打ちされた美学がありました。例えば、そのむかし、自身で爪革を作ったことがあります。爪革とはげたの先に付ける雨よけで、たいていは黒のエナメルなんかでできています。なんと伊丹十三はルイ・ヴィトンの鞄(かばん)を買ってきて分解し、その材料を使って爪革にしたのです。これも独自の価値基準であり、美学であったのでしょう。

ソフト帽はボルサリーノを愛用した (c)伊丹プロダクション

「ディオールで買った、暗い、淡い、臙脂(えんじ)のペルシャ模様のタイなぞは絶妙だったなあ。これは、ハンカチと組になっていたが、これは間違っても同時に使ってはいけないのだよ。」

ペルシャ模様とは今でいうペイズリーのことでしょう。上等のネクタイには上等の絹地が使われます。織りにしても染めにしても、色数が多く、20色も30色も使うと柄のコントラストが深くなります。伊丹十三用語としては、「暗い、淡い」となったのでしょう。

英国風のスーツを着るなら、せめて「ブリッグ」の傘を

「『エルメス』は、世界で一番いいハンド・バッグの店である。」

伊丹十三は、そのようにも断言しています。いったい何を根拠に断言したのか。当時のエルメスは世界一、革を捨てる店だったから。革は自然界の生物で、個体差があります。多くの原皮の中から、鞄のためにほんの少しよい所だけを集めてバッグに仕立てる。それも個体差を極力小さく。だから永年使っても、型くずれがなかったのです。

日本の伝統工芸品も好んだ。こちらは刺し子のはんてん (c)伊丹プロダクション

「だから、まあわれわれは、せいぜい、『ブリッグ』の蝙蝠傘を持ち、『ダンヒル』のパイプをふかすくらいで我慢したほうがいいと思う。」

「だから……」とあるくだりはイギリスの服を着こなすにはイギリス人になる他ない。そんなことはできないので。という段落から続けられるのであります。

「ブリッグ」はロンドンに古くから続く傘専門店です。今は合併などを経て「スウェイン・アドニー・ブリッグ」として知られています。1750年に乗馬用鞭(むち)の専門店として生まれました。現在はアタッシェケースなども作っていて、かのイアン・フレミングが愛用したといいます。

伊丹十三に従うなら英国風のスーツを着るのであれば、せめて「ブリッグ」の傘を携えることからはじめようではないか、ということになるでしょう。「ヨーロッパ退屈日記」の表紙には、伊丹十三の筆になる「ブリッグ」の傘が描かれています。

いやはやしかし。この「ヨーロッパ退屈日記」という書物。これが今からざっと60年前に書かれていることに、私たちは思い至るべきでしょう。私たちはこの60年間、いったい何をしていたのか。

「服」を着ることにおいて、進化したのか、退化したのか。そのことのリトマス試験紙が、伊丹十三であるのは間違いないでしょう。

出石尚三
服飾評論家。1944年高松市生まれ。19歳の時に業界紙編集長と出会ったことをきっかけに服飾評論家の元で働き、ファッション記事を書き始める。23歳で独立。著書に「完本ブルー・ジーンズ」(新潮社)「ロレックスの秘密」(講談社)「男はなぜネクタイを結ぶのか」(新潮社)「フィリップ・マーロウのダンディズム」(集英社)などがある。

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