大阪・住吉大社の「初辰猫」集め、人気だニャン

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関西
2019/12/3 7:01
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初詣で大阪随一の人気を誇る住吉大社(大阪市住吉区)には、月初めの辰(たつ)の日に4つの末社を巡拝する「初辰(はったつ)まいり」という縁日がある。特に「楠●(たまへんに君)(なんくん)社」で授かる「初辰猫」の置物を集めるのが人気らしい。どんな歴史や御利益があるのだろう。ニャンとも気になる。

11月3日の初辰日に出掛けてみた。2番目に巡拝する楠●(たまへんに君)社は大中小の初辰猫が並ぶ。500円で小猫を授かった。奇数月の左手を挙げた猫は「人招き」、偶数月の右手挙げの猫は「お金招き」を意味する。境内にあった冊子いわく「初辰猫48体で始終発達(しじゅうはったつ)」。

4年間休まず参拝し続け、小猫48体を集めると中猫と交換。さらに中猫2体と小猫48体で大猫と換えてもらえる。大猫をペアで集めるには最短24年。金額も14万4千円とかなりのものだが、収集心は否が応でもかき立てられる。

住吉大社の権禰宜(ごんねぎ)、小出英詞さん(44)は「最近は猫雑誌に載り人気です」と明かす。月4千体以上の小猫が売れるという。実は8年ほど前まで中猫5千円、大猫1万円で授与していたが、今はやめている。「初辰猫には、継続性という商売の哲学が詰まっているからです」(小出さん)

小出さんは「初辰まいりは明治中盤に広がりました」とも話す。大阪の花街・新町に店があった本荘五郎兵衛なる人物が毎月最初の「卯(う)の日」に住吉大社に参り、そのたびに周辺の土産店で招き猫を買い集めた。五郎兵衛の店は繁盛し、周囲の旦那衆や芸妓(げいぎ)がまねて一大ブームに。それぞれ商売や芸の発達を祈った。

住吉大社は「卯年卯月卯日」に創建されたため、卯の日は大事な祭事日。かつては参拝者もこれを重視していた。だが猫人気で増えた参拝者を分散させるため、翌日の初辰日も縁日と定めたようだ。昭和初期には土産店が減り神社自体が猫を授け始めたが、このとき既に猫集めのシステムは確立されていたという。戦後、一般参拝者の月参りは初辰日にほぼ集約された。

「はったつ」の語呂合わせも効いた。大阪商人にはシャレ言葉の文化が根付いていたためだ。例えば天気の話をして「貧乏人の嫁入りで、振り袖振らぬ(降りそで降らぬ)」となど言い、場を温めるのが常だった。大阪民俗学研究会代表の田野登さん(69)は「語呂合わせは商売人の話術の一つだった」と指摘する。

五郎兵衛を巡っては後日談がある。奇食家の跡継ぎが招き猫を食べてしまい、店も潰してしまったというのだ。ここまでくるとおとぎ話のようだが……。実際、猫集めの御利益はいかほどなのか。

おでん店「たこ梅」の北店(大阪市北区)には中猫2体が鎮座する。昭和30年(1955年)ごろ入社し、約30年勤務した女性従業員が毎月参拝。彼女が異動した東店(同)にも初辰猫が祭られる。5代目店主の岡田哲生さん(53)は「御利益か分からんが、つぶれんとやってる」と話すが、創業170年超の老舗だけに御利益を信じたくなる。

配管バルブを製造する「コンサス」(同住之江区)社長の土井靖士さん(55)は1994年に入社後、経営に携わったが業績は低迷。悩んだ末に2002年2月、初辰まいりに初めて行った。周囲の参拝者も経営者らしき人が多く「悩んでんの俺だけちゃう、と吹っ切れた」。以来17年間、毎月のお参りを欠かさない。大猫も1体ゲット済みだ。

参拝時には前月の業績を報告し、感謝したうえで今月の頑張りを誓う。会社はリーマン・ショック直後を除くと増収続き。毎月コツコツ続ける初辰まいりが経営のマイルストーンになっている。

来年はねずみ年。猫とは不仲というのがお決まりだが、新年を機に、初辰猫集めに熱チュウしてみては?

(西原幹喜)

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