大川小校舎で石巻市長謝罪 「命守れず申し訳ない」

2019/12/1 20:06
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東日本大震災で児童74人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小を巡り、10月に最高裁で事前防災の不備など市側の法的な責任を認める判決が確定したことを受け、亀山紘市長は1日、大川小校舎を訪れて慰霊碑の前で手を合わせ、亡くなった子どもたちに謝罪した。

宮城県石巻市立大川小の被災校舎を訪れ、慰霊碑の前で手を合わせる亀山紘市長(1日午後、石巻市)=共同

宮城県石巻市立大川小の被災校舎を訪れ、慰霊碑の前で手を合わせる亀山紘市長(1日午後、石巻市)=共同

遺族の案内で校舎を見学した後、報道陣の取材に「尊い命を守ることができずに申し訳ない」と子どもたちに伝えたと明らかにした。今回の訪問は遺族の要請を受けてだった。これとは別に、亀山氏は最高裁の決定後にも校舎を訪れたという。

被災校舎内に入ったのは初めてで、報道陣に「津波の恐ろしさや威力、多くの児童が亡くなったことを震災遺構として伝えていく」と述べた。

次女の千聖さん(当時11)を亡くした紫桃隆洋さん(55)は「長かった。早くここに来て手を合わせるべきだった」。長女の未捺さん(当時9)を失った只野英昭さん(48)は「真相究明に向けやっと半歩くらい踏み出せた」と評価した。

この日は訪問に先立って遺族と会い「取り返しのつかない悲劇を引き起こした」と陳謝。「欠席した遺族の各家庭を回り、謝罪する気はあるか」と問われ「検討したい」と応じた。

亀山氏が公式の話し合いの場で遺族と面会するのは2014年3月以来。市教育委員会や学校はこれまで、法廷での審理を含め、責任の所在を明確にしてこなかった。

面会には市教委が招待状を送付した児童74人の遺族のうち17家族27人が参加した。ただ「形だけの謝罪はいらない」として参加しない遺族もいた。

〔共同〕

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