トン・ゼー初来日公演 型破りなブラジル音楽の伝説

アートレビュー
2019/11/29 10:21
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ユーモアや毒を織り交ぜ、聴衆を誘う=Mariko Kurose撮影

ユーモアや毒を織り交ぜ、聴衆を誘う=Mariko Kurose撮影

トン・ゼーは白色主体のカジュアルな衣装に、光沢のある赤いコートを羽織り、まず1人でステージに登場した。そして、ステージ上で芝居っ気たっぷりに様々な仕草(しぐさ)をとる。え、いったい何を始めるの? 彼のそうした所作は、徹底的に我が道を行く人物の実演がこれから始まるのだという思いを高める。そして、両手を広げる感じで観客におおいにアピールした彼は、5人のバンド・メンバーを1人ずつ呼び込んだ。

そんなトン・ゼーは、1936年生まれのブラジル人である。60年代後期に同国で起こった、音楽から演劇や映画までを横断するカウンターカルチャー的な芸術運動の"トロピカリア"にカエターノ・ヴェローゾらと参加。そして、その後はソロアーティストとして活動を続けた。先鋭的な英米ロックの影響をしなやかに取り込みつつ、ブラジル音楽の清新さや天衣無縫さを伝えるアルバムを30枚近く出している。音楽的にも精神性においても、彼はブラジリアンロックの前線に立ち続ける、伝説の人物と言えるだろう。

美は乱調にありと形容したくなる、ギクシャクしたパートも盛り込む凝った構成を持つ曲から、ボサノバ的なものまで、彼の長いキャリアを俯瞰(ふかん)する楽曲を選び、誰でもないトン・ゼーの音楽を送り出す。各奏者の楽器音が自在に絡み合うとともに、ドラマー以外はコーラスも取り、曲ごとにバンドの面々は様々な造形や色調を描き出す。とにかく、音楽作りの発想が豊か。コーラスが前面に出る曲はロックオペラと言いたくなる感触を持つ。トン・ゼーがバンド員たちのほうを向き、面々が出す嬌声(きょうせい)を指揮する場面もあった。

しかしながら、かような音楽的な多彩さを記しても、そのライブの面白さを半分も書き留めたことにはならないだろう。冒頭に触れたように、トン・ゼーはステージのふるまいがとても型破り。それは演劇的という形容を付けたくなるが、見せ方が本当にとんでいる。

たとえば、トン・ゼーがギターを手にするシーンもあったのだが、それはフェイクで彼は曲中にギターをバラバラにしてしまう。また、黒いジャケットをわざわざ着たときには、歌いながらそれを引きちぎっていった。それをトン・ゼー流の怒りと諧謔(かいぎゃく)のせめぎ合いの具体化と言わずして、なんと言う? さらにフェミニズムを打ち出す曲では、なんと彼は女性用の赤い下着をズボンの上にわざわざはいて、ユーモアたっぷりに歌いもした。エスタブリッシュ(権威化)された表現者で、そんなことをやれる人が今どきどれほどいるだろうか?

5人のバンド編成。背面のモニターには日本語訳の歌詞が常に映る=Mariko Kurose撮影

5人のバンド編成。背面のモニターには日本語訳の歌詞が常に映る=Mariko Kurose撮影

その一方、トン・ゼーの生真面目さや誠実さがあらわれたのは、彼が歌うポルトガル語歌詞の日本語訳がすべてステージ後方に大きく映し出され、公演の流れが悪くなろうとも曲間に歌の世界の説明をスタッフに通訳させたこと。それは、彼の音楽がまずメッセージありきであることを知らせる。映写された訳詞を見ると、雲をつかむようなストーリーが綴(つづ)られ、荒唐無稽な言葉使いもあって、その大意はつかみづらい。甘いラブソングかと思わせる始まりであっても内容はどんどんあらぬ方向に発展し、人々の日常の奥にある矛盾や毒を掘り起こさんとしていると思わせる曲もあった。そうした詩作は、表現の自由や創造性の行使を妨げる社会の因習や偏狭さに異議を長年唱え続けてきたことが引き金となっている。

最後の曲ではフレンドリーに観衆に呼びかけ、多くの人がステージ前に押しかけて、ダンス大会へと突入する。不埒(ふらち)なところと真摯なところと、エンターテイナー然としているところの、その奇想天外な共存にはもうため息をつきつつ、喝采するしかない。様々な項目が魔法のように連鎖し、それが尊い実験精神やクリエイティヴィティとして結晶しているのだから、言葉を失う。やはり、トン・ゼーのライブは体験と言うしかないものであった。

現在83歳のトン・ゼーは最後まで歌声がちゃんと出ており、身のこなしも軽く、その実年齢が嘘のよう。彼の実演に接していると、こんな規格外の才人を生み出すブラジルという国への畏怖がさらに高まる。これだけやりたい放題していても、まだ開けてない引き出しがあるのではないかと思わせることにも驚かされてしまう。

最後になったが、実はトン・ゼーにとって今回が初来日となる。日本でブラジル音楽がもう一つの洋楽として市民権を得るようになり、様々なブラジル人音楽家が昨今来日している。また、欧米でもデイヴィッド・バーン(元トーキング・ヘッズ)らによる応援もあり、再評価を受けていたが、なぜか彼はこれまで来日したことがなかった。だが、今回日本のファンを前に公演できる悦(よろこ)びを彼は率直に表に出していた。とても健康そうでもあったし、唯一無二のクリエイター/パフォーマーの再来日を強く願いたい。10月31日、東京・三鷹市公会堂光のホール。

(音楽評論家 佐藤 英輔)

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