「死にたいほどつらかった」被災者の声、教皇が傾聴

ヨーロッパ
2019/11/25 11:22
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東日本大震災の被災者、鴨下全生さん(右)と抱擁を交わすローマ教皇フランシスコ(25日午前、東京都千代田区)

東日本大震災の被災者、鴨下全生さん(右)と抱擁を交わすローマ教皇フランシスコ(25日午前、東京都千代田区)

「死にたいくらいつらかった」「途方に暮れた」。被災者が打ち明けた切実な訴えに、ローマ教皇(法王)フランシスコは真剣に耳を傾けた。25日午前、東日本大震災の被災者らと面会した教皇は、地震、津波、原発事故を「三大災害」と表現した上で、多くの人が復興のために手を携えれば「被災者は自分たちが忘れられていないと知るはずだ」と励ました。

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東京都千代田区であった面会には、被災者ら約150人が参加した。

岩手県宮古市のカトリック幼稚園の園長、加藤敏子さん(60)は、津波で教え子の女児を亡くした。「その日から、子どもたちの命を守るために最良の選択をしなければいけないことの重さを考え続けている」と胸の内を明かした。

自宅も津波で流された。被災直後は「目の前のやるべきことに追われながら、考えることをやめてしまった気がする」。だが8年が過ぎ「ようやくあの時の前と後を少しずつつなげて考えられるようになった。生かされている自分に何ができるかを考え、ひとつひとつ積み重ねていきたい」と前を向いた。

東日本大震災の被災者のスピーチを聞くローマ教皇フランシスコ(左)(25日午前、東京都千代田区)

東日本大震災の被災者のスピーチを聞くローマ教皇フランシスコ(左)(25日午前、東京都千代田区)

福島県に住んでいた鴨下全生さん(17)は原発事故後、母や弟とともに東京に自主避難した。「慣れぬ地を転々としながら避難を続けた。死にたいと思うほどつらい日々が続いた」。いじめにも遭った。救いを求めて教皇に宛てた手紙がきっかけで、今年3月にバチカンで謁見。今回、東京での再会を果たした。

鴨下さんは「ぼくたちの苦しみは、とても伝えきれません。だから教皇様、どうか共に祈ってください。皆でこの被害を乗り越えていけるように」と訴え、教皇と抱擁を交わした。

「受け入れがたい厳しい状況の中で途方に暮れた」。福島県の住職、田中徳雲さん(45)が住んでいた南相馬市の同慶寺は、原発から17キロほど。原発事故で避難を余儀なくされた。避難指示が解除された今も、別の市から寺に通う毎日だ。

少しずつだが現実を受け止め、歩み始めていると語った田中さんは、教皇を前に「私たちは生き方を問われている。損得ではなく正しい道を歩みましょう」と訴えた。

3人の話を聴き終えた教皇は、復興と再建のために「多くの手と多くの心を、あたかもひとつであるかのように一致させなければならない」と強調し、そうすれば「苦しむ被災者は助けを得て、自分たちが忘れられていないと知るはずだ」と力を込めた。

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