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引退…そして楽しむ野球へ イチロー、19年の言葉

スポーツライター 丹羽政善

2019年3月21日、午後11時55分から始まり、日をまたいで、午前1時20分頃まで続いた引退記者会見。テレビで生中継もされたので、深夜とはいえ多くの人が見たようだが、おそらく、ああいった形でイチローの会見が表に出たのは、初めてではなかったか。それゆえ、イチローの忌憚(きたん)のない言葉、即妙な受け答え、論理思考、ユーモアに初めて触れた、という人もいたはず。あの日の再現が中心にはなるが、イチローの今年の言葉をたどってみた。

引退記者会見で話すマリナーズのイチロー(東京都内のホテル)=共同

キャンプインは、日本で開幕戦が行われることから、いつもより早めの2月16日。前年は途中合流だったので、キャンプ初日を迎えたのは2年ぶりとなったが、"選手として"キャンプ初日を迎えたことに、特別な思いがにじんだ。

「イチロー選手と呼ばれるのは気持ちいいよねえ。会長付? 特別補佐? まあ、形だけとはいえ、距離があるんですよ、どうしてもね」

会長付特別補佐を経て異例の復帰。昨年5月3日に選手登録を外れてから、試合に出ることなく調整を重ねた。イチローにとっては大きな節目でもあった。

「ここにいる誰もそんなことは想像してないと思うけど、僕にとっては大きな記念日です。誰もやってきてないことに挑戦するということを僕はいくつか結果としても残してきたことではある。誰かがやったことがあることよりは、誰もやったことがないことの方に飛び込んでいくという選択になる。それは常々してきたつもりだし、今回もその一つ。ユニークだし特殊ではあるものの、その一つとして考えてます」

期待裏切りたい気持ち、いつもある

こんな決意も口にした。「いつも、期待を裏切りたいという気持ちはあります。安易な責任のない意見かな、そういうものを裏切りたいと思っています」。もう、さすがに無理ではないか。東京の開幕戦を終えたら、引退ではないか――。そうした声に、イチローはあらがった。

2月22日、アスレチックスとのオープン戦初戦。2打席目に2死満塁という場面で打席に入ると、詰まりながらも右前へ運び、2点タイムリーとした。久しぶりにベンチから見たフィールドの景色はどうだったのか?

「変わりないですね。緊張したけど。すごい緊張しました」

どんな種類の緊張なのか?

「最初に来たときとも違う。どれとも違う緊張感でしたね。緊張するのはいつものことだけど、こういう種類のものは初めて。当然、初めてのことだから、初めての緊張感。当然といえば、当然なんですけどね。でもこんな種類のものを味わうとはね。確かに思ってもみなかった。でも、この緊張感は今日だけだと思います。毎日、緊張すると思うけど、これは今日だけのものと思う。次はどうゲームの感覚を取り戻すか、というステップですね」。

メジャー19年目で初の感覚だった。

日本開幕戦の選手登録に関しては、ジェリー・デュポト・ゼネラルマネジャー(GM)が、半ば保証するような発言を繰り返していたが、その後は未定。オープン戦の結果に対する考え方は違ってくるかと問われて言った。

「そうだと思いますよ。そりゃあやっぱり、変わった立場がありますからね。当然だと思います」

キャンプは3月に入り、7日に初のナイター。キャンプ地の球場は総じて暗く、外野手は守りにくい。その日、左翼フェンス際の打球を好捕したが、その打球処理のやり取りの際、先発した菊池雄星が近くにいるのに気付き、笑いながらこう言った。「雄星、打たすなよ、あんなとこ」

菊池「すみません」

イチロー「おまえ、しばくぞ」

菊池「ナイスキャッチです!」

菊池はうれしそうだった。

さてその日、そろそろ調整は次の段階かと問われ、こう答えている。「真っすぐ待ちの変化球じゃなくて、変化球待ちの真っすぐ対応、というところに入っていく段階ですね」。いよいよ実戦的な形に入ってきたと思いきや、実際にはその数日後に、イチローは引退の決断をしている。

残した記録、小さなことにすぎない

引退会見。冒頭で引退を決意したタイミングを聞かれると言った。

「タイミングはですね、キャンプ終盤ですね。日本に戻ってくる何日前ですかねぇ。もともと日本で、東京ドームでプレーするところまでが、契約上の予定だったこともあったんですけども。キャンプ終盤でも結果が出せずに、それを覆すことができなかったということですね」

契約としては日本の開幕戦まで。しかし、キャンプで結果を残せば、その限りではなかった、ということか。

後悔はないのか。そう問われて、「あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」とイチロー。試合後のカーテンコールの余韻をにじませつつ、続けた。

「結果を残すために、自分なりに重ねてきたこと――人よりも頑張ったということはとても言えないですけども。自分なりにやってきたということは、ハッキリと言えるので。これを重ねてきて、重ねることでしか後悔を生まないことはできないんではないかな、と思います」

3月21日のアスレチックスとの試合後、歓声に応えながら場内を一周するイチロー=共同

なにより、最後のカーテンコールにいたる昨年からの経緯は、ある意味、イチローの野球観まで変えてしまった。

「いろいろな記録に立ち向かってきたんですけど、そういうものはたいしたことではないというか。自分にとって、それを目指してやってきたんですけど、いずれそれは僕ら後輩が、先輩たちの記録を抜いていくのは、しなくてはいけないことでもあるとは思うんですけども、そのことにそれほど大きな意味はないというか、今日の瞬間なんかを体験すると、随分、小さく見えてしまうんですよね」

「分かりやすい、10年(連続)200本を続けてきたこととか、MVPを取ったとかオールスターでどうたらっていうことは、もうほんと、小さなことにすぎないというふうに思います」

「去年の5月以降、ゲームに出られない状況にあって、その後もチームと練習を続けてきたわけですけど、それを最後まで成し遂げられなければ、今日のこの日はなかったと思うんですよね」

「今まで残してきた記録はいずれ誰かが抜いていくと思うんですけど、去年の5月からシーズン最後の日まで。あの日々は、ひょっとしたら誰にもできないことかもしれないというふうに、ささやかな誇りを生んだ日々だったんですね。そのことが、去年の話ですから近いというのもあるんですけど、どの記録よりも自分の中では、ほんの少しだけ、誇りを持てたことかなと思います」

ところで、日本開幕戦をたびたび「ギフト」と形容したイチロー。そこにはどんな思いがあったのか。

「去年、3月の頭になってマリナーズからオファーをいただいてから、今日までの流れがあるんですけど。あそこで終わってても全然おかしくないですからね。去年の春に終わっていても全くおかしくない状況でしたから。もう、今、この状況が信じられないです」

「あのとき考えていたのは、自分がオフの間、アメリカでプレーするために準備をする場所というのが、神戸の球場なんですけども。そこで寒い時期に練習するので、ヘコむんですよね。やっぱ心、折れるんですよ」

「そんなとき、いつも仲間に支えられてやってきたんですけど、でも最後は、今まで自分なりに訓練を重ねてきた神戸の球場でひっそりと終わるのかなぁって、あの当時、想像していたので。もう夢みたいですよ、こんなの。これも大きなギフトです。僕にとっては」

言葉にすることが目標に近づく方法

18年3月の契約前、一時はキャリアの終焉(しゅうえん)を覚悟した。仮に日本でプレーする決断をしていれば、キャリアは今も続いていたかもしれないが、「(その選択肢は)なかった」とイチローはキッパリと言った。

50歳まではプレーしたいと公言していたが。

「50(歳)まで――。確かに、いや最低50までって本当に思ってた。それはかなわず、有言不実行の男になってしまったわけですけど、その表現をしてこなかったら、ここまでできなかったかもなという思いもあります。だから、言葉にすること、難しいかもしれないけど、言葉にして表現することっていうのは、目標に近づく一つの方法ではないかなと思っています」

9月のアスレチックス戦の開始前、チームの打撃練習の間にファンにサインをするイチロー=USA TODAY

笑われようが、大きな目標を口にし、それを実現してきたからこその、言葉でもあった。

生きざまでファンに伝えられたこと、伝わっていたらうれしいこと。そんな質問にはこう答えている。

「生きざまというのは僕にはよく分からないですけど、生き方というふうに考えれば、先ほどもお話ししましたけど、人より頑張ることなんてとてもできないんですよね。あくまでもはかりは自分の中にある。それで自分なりにそのはかりを使いながら、自分の限界を見ながらちょっと超えていく、ということを繰り返していく。そうすると、いつの日かこんな状態になっているんだ、っていう状態になって」

「だから少しずつの積み重ね、それでしか自分を超えていけないと思うんですよね。何か一気に高みにいこうとすると、今の自分の状態とやっぱりギャップがありすぎて、それは続けられないと僕は考えているので。地道に進むしかない。進むというか、進むだけではないですね、後退もしながら。あるときは後退しかしない時期もあると思うので。でも自分がやると決めたことを信じてやっていく。でもそれは正解とは限らないんですよね。間違ったことを続けてしまっていることもあるんですけど」

「でもそうやって遠回りすることでしか、何か本当の自分に出会えないというか、そんな気がしているので。そうやって自分なりに重ねてきたことを、今日のあのゲーム後、ファンの方の気持ちですよね。それを見たときに、ひょっとしたら、そんなところを見ていただいていたのかなと。そうだとすればすごくうれしいし、そうじゃなくてもうれしいです、あれは」

長いキャリア。夢をかなえ、成功し、今、何を得たと思うか。この問いを最後、意外な表現で締めくくっている。

「成功かどうかってよく分からないですよね。じゃあどっからが成功でそうじゃないのかっていうのは、全く僕には判断はできない。成功っていう言葉は、だから僕は嫌いなんですけど」

「まぁ、メジャーリーグに挑戦する。どの世界でもそうですね。新しい世界に挑戦するっていうことは、大変な勇気だと思うんですけど、でも成功、ここはあえて成功と表現しますけれど。成功すると思うからやってみたい、それができないと思うからいかない、という判断基準では、後悔を生むだろうなと思います。やりたいなら、やってみればいい。できると思うからいく、挑戦するのではなくて、やりたいと思えば挑戦すればいい」

「そのときにどんな結果が出ようとも、後悔はないと思うんですよね。じゃあ自分なりの成功を勝ち取ったところで、じゃあ達成感があるのかといったら、それも僕には疑問なので。基本的にはやりたいと思ったことに向かっていきたいですよね」

「で、何を(得たか)。うーん、まぁ、こんなものかなぁという感覚ですかね」

最後の何気ない、その飾らない言葉には、様々な含みがあった。

9月下旬の本拠地の試合ではイチローの「ポップ人形」が配られた=共同

さて、それから1カ月ほどたった4月30日、イチローの姿が本拠地Tモバイル・パークにあった。イチローは昨年と同じ会長付特別補佐に就任し、インストラクターとして、マリナーズと傘下3Aタコマの外野守備、走塁、打撃コーチの補佐を務めることになった。役割の楽しみをこう語っている。

「実際に、一緒にプレーした選手たちと……。時間がたって、全然知らない選手たちとそれをするのと、一緒にやっていた選手たちとまた違う形だけど、一緒にいられる。いられるというのは違うかな。まあ、何ができるかもわからないんだけど、同じチームで可能性を探るというのは、そら楽しいでしょう」

その後、ホームゲームには毎日のように顔を見せ、チームメートの打撃練習をケージ越しに見守った。

しばらく時間がたち、実質的な引退セレモニーが行われたのは9月14日。球団特別功労賞を受賞すると、イチローは思うところを、こう言葉で表した。

「何が欠けても、今日はない。なんだってそうじゃないですか。東京ドームの最後も何が欠けてもあれは起きなかったというふうに考えると、やっぱり自分なりに頑張ってきてよかったな、ということですよね。それしか何が起こるか分からないですから。5年半のニューヨークとマイアミの時間も含めて、それも含めて今日なんだと思うんですよね。だからこれをやっておけばよかったということは僕にはないので、会見でもいいましたけど、そうしてきてよかったなと思います」

プロで苦しんだから草野球楽しめる

ところで今後……。12月に草野球の試合をやると報じられている。まさに、有言実行である。イチローは今、野球を楽しもうとしている。最後に再び、引退会見での言葉。

「子どもの頃からプロ野球選手になることが夢で、それがかなって。最初の2年、18、19(歳)の頃、1軍に行ったり2軍に行ったり、そういう状態でやってる野球はけっこう楽しかったんですよ」

「で、94年、これが3年目ですね。仰木(彬)監督と出会って。レギュラーで初めて使っていただいたわけですけども。この年までですかね、楽しかったのは。後はなんかね、その頃から急に番付を上げられちゃって、一気に。もうずっとしんどかったです」

「やっぱり力以上の評価をされるというのは、とても苦しい日々ですよね。だからそこからはね、純粋に楽しいなんてことは。もちろんやりがいがあって、達成感、満足感を味わうこと、たくさんありました。ただじゃあ、楽しいかっていうと、それとは違うんですよね」

「でも、そういう時間を過ごしてきて、将来はまた楽しい野球がやりたいなというふうに、これは皮肉なもので、プロ野球選手になりたいという夢がかなった後は、そうじゃない野球をまた夢見ている自分が、あるときから存在したんですね」

「でもこれは中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には、恐らく待っていないもの。まあ趣味で野球をやる、例えば草野球ですよね。やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと、草野球を楽しむことはできないのではないかと思うので。これからはそんな野球をやってみたいなというような思いですね」

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