奈良公園、鹿癒やす慈しむ心 唯一の専任獣医師奮闘
匠と巧

関西タイムライン
2019/11/25 7:01
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神の使いとして古来、大切にされてきた奈良公園の鹿。この鹿を守るため、ただ一人の専任獣医師として奮闘するのが丸子理恵さん(51)だ。鹿は野生であるため長く専任獣医師が置かれず、犬・猫のような治療マニュアルもほとんどない。一頭一頭と向き合い最適な治療を模索している。

奈良公園には現在、約1400頭の鹿が生息している。この鹿の保護に取り組むのが一般財団法人奈良の鹿愛護会だ。丸子さんは大学病院勤務などを経て、2018年4月から愛護会に所属。専用施設で診察や治療、手術を行っている。

骨折した鹿を治療する獣医師の丸子理恵さん=松浦弘昌撮影

骨折した鹿を治療する獣医師の丸子理恵さん=松浦弘昌撮影

10月末、生後5カ月の鹿が運ばれてきた。約1週間前に左後ろ脚を骨折した鹿だ。この日行うのは経過観察と包帯の交換。鹿を押さえ全身麻酔の注射を打つとすぐにおとなしくなった。

麻酔薬は丸子さん自らが数種類の薬を混合して作る。鹿に突き飛ばされ、くも膜下出血を発症した経験を持つからこそわかる野生動物の怖さ。「あらゆる治療は麻酔が前提」との信念から、小動物用の麻酔薬をベースに鎮静剤と鎮痛剤を調合したものを考案した。「野生動物は痛みに強いと言われていたがそうとは言い切れない」と丸子さん。「痛みの抑制はストレス緩和と食欲増進につながり、回復が促される」という。

包帯の交換を終えると、レントゲン撮影による経過観察だ。緊張した面持ちでモニター画面を見ていた丸子さんから笑みがこぼれる。「白いモヤのような部分はカルシウムの沈着です。骨が作られてきました」

骨折データを蓄積するうちにわかってきたことがある。骨が皮膚を突き破った開放骨折でも患部をそのまま固定し感染症を防げば、やがて突き出た骨の部分が剥落。皮膚の開放創が閉じて治るケースがある点だ。

新たな薬や治療法の考案もこなす激務の背景にはマニュアルやデータの不足がある。愛護会は85年の歴史を誇るが、10年前まで所属の獣医師はおらず、近隣の獣医師に頼っていた。担当を置いてからも他業務との兼務が多かったという。

鹿の置かれている状況は厳しい。交通事故は年間70~90件のペース。胃からレジ袋や菓子袋が見つかるケースも増えている。今夏には初の熱中症も確認した。

丸子さんは9月1日、日本野生動物医学会大会で論文を発表。胃内のプラスチックごみの占拠で栄養失調になり、他の疾患が悪化して死んだと考えられる事例を紹介した。プラごみ問題が奈良の鹿に及んでいることを示し、反響を呼んだ。

自らの経験を若い世代に継承する取り組みにも動く。今年に入り2回、計4人の学生をインターンとして採用し2週間指導した。

交通事故で寝たきりになった鹿がいる別の施設に入った。横に座り頭をなでて「来たよ」と合図。後ろ脚を持つとゆっくり曲げ、そして伸ばす。これを何度も何度も繰り返す。鹿は体を預けて目を細める。「できることは何でもしてあげたい」。慈しみの心こそが最も大切な「技」なのかもしれない。

(浜部貴司)

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