細野晴臣、50周年でドキュメンタリー映画や記念ライブ

文化往来
2019/11/28 2:00
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坂本龍一や高橋幸宏も飛び入り参加した2018年のロンドン公演の様子。右から2人目が細野。映画「NO SMOKING」より シネスイッチ銀座、ユーロスペースほか公開中(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

坂本龍一や高橋幸宏も飛び入り参加した2018年のロンドン公演の様子。右から2人目が細野。映画「NO SMOKING」より シネスイッチ銀座、ユーロスペースほか公開中(C)2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

音楽家の細野晴臣(72)がレコードデビュー50周年を迎え、半生をたどるドキュメンタリー映画「NO SMOKING」が全国公開中だ。11月30日、12月1日には東京国際フォーラムホールA(東京・千代田)で特別公演も予定されている。柳田ヒロらとエイプリル・フールでデビューし、大瀧詠一らとのはっぴいえんど、坂本龍一、高橋幸宏とのYMOなど、邦楽ロック・ポップスのキーマンとして先駆的な音楽制作を続けてきた細野。近年は海外を含む、若い世代の聴き手やミュージシャンによる再評価が著しく、精力的な活動ぶりが伝わってくる。

「NO SMOKING」は、細野による回想とドキュメンタリー映像にライブ演奏を挟む形式で進む。戦後の進駐軍時代に米兵から菓子をもらったエピソードから始まり、両親や祖母、叔母らの思い出を語る。東京・白金の自宅では、いつもSP盤のレコードがかかっていたといい、マーガレット・ホワイティングら古い米国ポップスが音楽の原体験となった背景がよく分かる。

1960年代末、はっぴいえんど(当初のバンド名はヴァレンタイン・ブルー)を結成した当時は、バッファロー・スプリングフィールド、モビー・グレイプといった米西海岸のロックバンドに傾倒。大瀧からの「バッファロー分かった」という電話が結成の決め手になったという。78年、美術家の横尾忠則とのインド旅行の体験に基づいて制作したソロアルバム「コチンの月」について、横尾とともに振り返る映像も興味深い。

YMO関連のエピソードも盛りだくさん。結成を前に高橋と坂本に声をかけ、細野家で2人を前にYMOのコンセプトを説明した手書きノートが登場する。旧知の高橋がYMO参加に積極的だったのに対し、当時アレンジャーとして頭角を現していた坂本は気乗りしない様子で、細野は「俺を踏み台にして世界に出ろ」と背中を押したという。

ナレーターは細野を「師匠」とたたえる星野源。今年6月の米ロサンゼルスでの公演で、カナダ人シンガー・ソングライターのマック・デマルコと共演した細野が、交流を結ぶ様子も収める。海外ライブでは、過去の作品を熱心に掘り下げる若い観客が多く詰めかけているのが印象深い。

2005年、埼玉県狭山市の狭山稲荷山公園で開催された音楽イベント「ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル」の模様は感動的だ。細野の出番になると降り続いていた雨が上がり、観客は総立ちで迎えた。細野は「あんなに嫌いだった歌が、歌うことが楽しくなってきた」と音楽活動の大きな転機になった心境を晴れやかな表情で明かしている。

(多田明)

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