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同じ相手に3連敗 「負ける覚悟」から柔道伸びる
柔道 福見友子(3)

Tokyo2020
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2019/11/27 5:30
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福見友子は現在、JR東日本柔道部のヘッドコーチも務める(2019年10月、東京都品川区にある柔道場前で)

福見友子は現在、JR東日本柔道部のヘッドコーチも務める(2019年10月、東京都品川区にある柔道場前で)

柔道家、福見友子(34)は2007年世界選手権の会場で、ライバル・谷亮子(44、旧姓・田村)の優勝を見届け涙を流した。改めて谷の強さを感じ、オリンピックでの金メダルを目指してさらに厳しい稽古に臨む。今回は若手の台頭で12年ロンドン五輪の代表争いが激しくなるなか、崖っぷちに追い込まれながらも夢を諦めない日々をつづる。(前回は「柔道のきっかけは谷亮子さん 20年続いた巡り合わせ」

◇   ◇   ◇

代表選手ではなく「付き人」としてその場にいた福見友子は、人目の届かぬ場所で号泣していた。スポットライトを浴びる畳の上では、出産から2年ぶりに復帰し、世界選手権(07年、リオデジャネイロ)で実に7回目の優勝を果たした谷亮子が歓喜の涙を流している。

当時、福見が所属していた了徳寺学園監督・山田利彦は、「普段は感情など絶対に表に出さないのに……」と、教え子が初めて見せた姿に変化を感じ取っていたという。2人が同じ時に流していた涙の理由は、全く違っていた。

■足りなかったものを突き付けられた

この大会の48キロ級代表の座をかけた選考会(全日本選抜体重別選手権)で、福見は決勝で谷を破って念願の初優勝を遂げる。翌年の08年北京五輪を狙うためにも、リオの世界選手権で貴重な経験を積み、五輪代表へ弾みをつけたい。そう願う周囲も選出を確信していたが、代表に選ばれたのは「外国人選手に強く、結果を出せる」(当時の強化委員会)谷だった。福見は別の選手のトレーニングパートナーとしてリオに入り、そこで、過去2度も勝利しながら越えられない、谷という壁と初めて日々向き合う機会を得た。

「あれほど感情があふれ出して泣いたのは初めてでした」

福見は、号泣した理由をそう振り返る。選考されなかった悔しさを目の当たりにしたからでも、谷の優勝で自らの北京五輪出場が遠のいてしまった失望感からでもなかった。

「世界選手権の代表になれず落胆はしました。でも、現地で谷さんが稽古し、優勝するのを見て、自分も同じように優勝できたのか? と問いただした時、自信を持って、できた、とは言えなかった。そんな弱い自分が代表としてここに立ってはいけなかったよね、むしろ自分を恥じようと思いました。足りなかったものを突き付けられ、涙があふれ出し……結局、あの選考は正しかったんです」

過去柔道界では例のなかった出産後の復帰に、谷もトップ選手としてまた苦しんでいた。そんななかにあって、「勝ちたい」ではなく「絶対に勝たなくてはならない」と、トレーニングから自らを徹底的に追い込み、すさまじいプレッシャーをあえて背負おうとする姿を知った。勝利を追求する強いメンタル、孤独感、常に世界を、外国選手を見据えて行う高度なトレーニング。どれも自分には備わっていなかった。

同時にふと思い出したのは、世界選手権代表に漏れた時、筑波大学監督の岡田弘隆と、女子を指導していた山口香の2人が地元で慰労会を開いてくれた夜のことだった。2人がまるで自分が落選したかのように失望し、泣いているのに、当の本人は「どうして私よりも、これほど悔しがって泣いているんだろう」と思った。谷の優勝をリオの会場の隅で見ながら、改めて、自分に期待を寄せてくれる周囲の存在がどれほど大きいか、それに何としても応えなければという思いをどこまで背負えるのか、世界の48キロ級で日本女子に義務付けられる勝利の重みや柔道への向上心、情熱、全てに取り組もうと心底思えた。流していたのは、反撃の涙である。

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