5つの世界遺産、一度に眺める 奈良・明神山の絶景
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関西タイムライン
コラム(地域)
2019/11/21 7:01
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奈良県王寺町が7月、三角形の風変わりなパンフレットを作った。「世界遺産ビュー明神山」。関西に6つある世界遺産の5つが標高わずか273.6メートルの山から見えるといい、取扱説明書風に楽しみ方を指南する。著名な考古学者も太鼓判を押した眺望だ。

戸建てが並ぶニュータウンに突如、赤い鳥居が現れる。ここから徒歩約40分。舗装された道は歩きやすく、案内表示が心強い。山頂には山の伏流水が農業の水資源だったことから「水神社」が祭られており、神社を取り囲むように展望デッキが整備されている。

まず、北東の方向を仰ぐ。連綿と続く青緑の山々に1カ所ある黄緑色の部分が奈良市の若草山。備え付けの望遠鏡で、その左側に東大寺大仏殿の三角形の屋根が確認できる。これが1つ目の世界遺産「古都奈良の文化財」だ。

手前に視線を移すと法隆寺(2つ目)、左の奥にうっすらと見えるのは比叡山で延暦寺は「古都京都の文化財」(3つ目)の一部。南東に大和三山と藤原京を確認、その向こうに「紀伊山地の霊場と参詣道」(4つ目)の大峰山脈がある。

■点在する古墳群

圧巻は西側の眺望。夕刻、きらめく超高層ビルと大和川に息をのむ。まちに沈む小さな山々こそが「百舌鳥・古市古墳群」(5つ目)。遠方に浮かぶのは明石海峡大橋と淡路島で、見え方は刻々と変わり、大阪湾を往来する船も肉眼で確認できた。眼下、昭和初期に地滑りがあった「亀の瀬」付近を電車が縫うように走る様は鉄道模型のよう。頭上には伊丹空港に向かう飛行機も飛ぶ。

6月に死去した橿原考古学研究所の菅谷文則元所長は、近鉄グループホールディングスが主催する「近畿文化会」の会報で「(明神山は)『十国国見台』と言ってもよい。日本を代表する歴史パノラマ」と評した。約5キロ北には古代の城があった高安山があり「両地点で瀬戸内海から大阪湾を監視したならば、水上を近づいてくる戦闘船は容易に発見できる」と書く。

明神山にも城があったのか。土器の発見など城の存在をうかがわせる痕跡はない。王寺町教育委員会の岡島永昌係長は「櫓(やぐら)を建てる必要がなかったのかもしれない」と話す。

■江戸期にブーム

一方で江戸時代には空前のにぎわいを見せたこともあったという。1830年からの「おかげ参り」に際し、山頂に「送迎(ひるめ)太神宮」が建てられた。「お札が降った」ことから伊勢神宮と関連づけられたことがきっかけで、参拝客は立派な社殿を参り、景色を楽しんだようだ。

だが建設のわずか半年後、郡山藩が「偽物」として取り壊してしまう。茶屋や薬屋もできたというから、治安悪化への懸念もあっただろうか。現在、山頂に遺物はなく、近隣の神社に移設された石灯籠や鳥居、道標を再利用した石段が残る。石灯籠に刻まれた大阪商人や役者など奉納者の名が華々しいブームを物語る。

現在の参道の整備は1970年代からの住宅開発を待たなければならない。地元水利組合の要望で開発業者が敷設し、さらに20年ほど後の96年、公園として整備された。2014年に樹木を伐採した王寺町が眺望の素晴らしさを積極的にPRし始めた。展望台や夜景スポットは生駒山周辺にも点在するが、測量会社に依頼して詳細な案内板を全方向に設置したのは珍しい。

整然としたニュータウンは観光とは無縁だ。明神山も長い間、その歴史や眺望は広く知られてこなかった。現在は1日に複数回登る人がおり、8月までの1年間の登山者は約7万人に上るなど認知度は上昇中だ。奈良には住宅地であっても歴史を体感できる「資産」が眠っているから面白い。

(岡田直子)

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