中国フィンテック2強が描く5つの成長戦略

アント・フィナンシャルの企業価値は1500億ドルに上る。一方、テンセントのフィンテック事業も価値が1000億ドルを超えているとみられる。英金融大手バークレイズは2019年5月、テンセントのフィンテック事業の価値を推定1230億ドルとしたリポートを発表した。これはテンセントの時価総額の3分の1近くに及ぶ。
テンセントはフィンテックと法人サービス事業(クラウドやBtoBサービス)の業績をひとくくりにしているが、フィンテックは今やソーシャルメディア・ゲーム大手の同社の成長をけん引している。19年4~6月期のテンセントのフィンテック・法人サービス部門の売上高は前年同期比37%増だった。一方、オンライン広告部門の売上高の伸びは16%で、前の四半期の25%から鈍化した。
アントとテンセントはともにデジタル決済を利用する大勢の顧客を融資や資産運用、保険、信用スコアなどの金融サービスに誘導する成長戦略をとっている。
世界のフィンテック界を見ると、中南米のメルカドパゴ(MercadoPago)やインドのフォーンペ(PhonePe)など決済サービスからフィンテック分野のスーパーアプリへの移行を目指すプラットフォームが増えている。アントとテンセントの動きはこうした世界各地の次の動向を占う上でヒントになるだろう。
1.弾み車(フライホイール)効果
アントとテンセントのフィンテック戦略のカギは、中国で8億~9億人に上る決済サービスの利用者をさらに利益率の高い金融サービスに誘導し、強力なフライホイール効果(好循環)を築くことにある。
中国のモバイル決済市場の19年4~6月期の取引額は7兆8000億ドルに上り、両社がこの市場を引き続き支配している。アントのモバイル決済サービス「支付宝(アリペイ)」は54.2%、テンセントの同サービス「微信支付(ウィーチャットペイ)」は39.5%のシェアを握っている。
決済市場は成熟しているため、両社は金融機関がもっとニーズに合った商品を開発できるよう支援するために、テクノロジーや利用者の行動分析を提供している。
これは既に大きな成長につながっている。アントは19年9月の決算発表で、金融サービス事業の売上高が決済事業を上回り、売上高全体の半分以上を占めたことを明らかにした。
特に重要なのが、19年6月時点でアントの金融サービスを3つ以上利用している顧客の割合が8割、5つ利用している顧客が4割に上った点だ。これは時が経過するにつれてアントの信用が高まり、利用者の財布に占める同社のサービスの割合が高まっていることを示している。

2.オンラインクレジットを日常生活の一部に
アントの短期分割払いサービスは若い利用者の日常生活に浸透している。
中国の「ミレニアル世代(1981~96年生まれ)」とその下の「Z世代」は普段の買い物(化粧品、衣料品、食品)でも高額商品の購入(カメラやスマートフォン)でも借金への抵抗が薄く、年上世代とはお金の使い方が異なる。
一定期間無利子になるアントの融資サービス「花唄(Huabei)」は19年に大きく成長し、15年4月のサービス開始以来の融資額は1兆元を突破したとされる。これは17年6月末時点の融資残高の10倍に上る。

テンセントも「分付(Fenfu)」という自前のオンラインクレジットサービスを開発中で、19年10~12月にウィーチャットペイ内で提供に乗り出すとみられる。普通銀行が発行するテンセント利用者向けのデビットカードやクレジットカードを除くと、これはテンセントが提供する初の決済オプションになる。テンセントのオンラインクレジット決済への事業拡大は、顧客をさらなる金融商品に誘導する上で大きな役割を果たすことになりそうだ。
3.医療保険を重視
アントとテンセントにとって重要性が増しつつあるのが医療保険分野だ。
中国政府が保障型の保険商品の開発を後押しする政策を相次いで打ち出しているため、18~23年に中国の医療保険市場は年率20%の成長を遂げるとみられている。一方、23年の長期医療保険の保険料額のシェアは医療保険全体の65%を占めると予測されている。

テンセントとアントは地方の小都市や農村部で医療保険の普及を促すため、共済保険プラットフォームに出資したり、参入したりしている。
テンセントは加入者が8000万人に達した共済保険スタートアップ、水滴(Waterdrop)に出資している。加入者は月額3~5元の保険料を支払い、高額医療費がかかった場合に最大30万元を受け取る。同社は16年のサービス開始以来、4000人以上に支援を提供している。
水滴は17年5月、保険プラットフォーム「水滴互助」を開設した。このプラットフォームでは80以上の保険商品を販売し、加入者は1200万人以上に上る。同社によると、そのうち9割がネットで保険を購入するのは初めてだという。19年7月の保険料等収入は8300万ドルを超えた。
一方、アントは18年10月、地方都市を対象にした自前の共済保険プラットフォーム「翔胡宝(Xiang Hu Bao)」を開設した。加入者は8000万人を突破している(アントの商品カテゴリーで最も急成長を遂げている)。アントは決算発表で、翔胡宝をスタートして以来、アントが提供する従来の医療保険の売り上げも増えたことを明らかにした。

テンセントとアントは拡大しつつある医療保険全般に出資している。テンセントは中所得層のファミリーを対象にオンラインで保険のプランニングや金融教育のコースを提供する小帮(Xiaobang)に投資している。利用者がコースを修了すると、意識の高い利用者にはコンサルタントが付き、プロフィルに応じた保険プランを調整する。
テンセントは自前のネット保険サービス「微保(WeSure)」も手掛け、19年5月には中国の保険大手、泰康人寿と共同で低価格の医療保険を発売した。この新しい商品は1年間の保険期間が満了した後も、審査不要で6年間保証してくれる。
4.市場を拡大するために、貯蓄と投資のオプションを増やす
アント・フィナンシャルが手がける投資商品「余額宝(Yu'e Bao)」は、加入者が6億人を超える世界最大のMMF(マネー・マーケット・ファンド)だとうたわれている。だが、19年9月の資産額は18年3月のピーク時から39%減り、最大のMMFの座を失った。

もっとも、これはアントにとって悪いことではない。同社はオープンプラットフォームのモデルに移行しており、単一のファンドから十数のファンドを扱うプラットフォーム事業へと多様化しつつあるからだ。
例えば、米系運用会社インベスコは5月、中国の合弁事業インベスコ・グレート・ウォール(IGW)の資産額が18年6月に余額宝に加わって以来4倍に増え、315億ドルに達したことを明らかにした。
テンセントも資産運用各社との連携を深めようとしている。テンセントの資産運用プラットフォーム「理財通(Licaitong)」は資産額が1120億ドルに増えており、米資産運用大手ブラックロックの商品を中国市場で扱うために同社と提携について協議しているとされる。

5.中小企業に注力
中国人民銀行(中央銀行)の易綱総裁によると、中国の全ての企業のうち中小企業は9割を占め、国内総生産(GDP)への寄与度は6割を超える。
中国のフィンテック大手は中小企業向けの金融商品を拡充しつつある。アント・フィナンシャルが出資するネット銀行「網商銀行(MYbank)」はQRコードを使って領収書をスキャンし、納入業者から税務情報を得る新たな融資サービスに乗り出した。
領収書からより多くの情報が入手できるようになるため、この新たなサービスはわずか数分で中小企業に従来よりも多額の融資を実行できるようになるという。
年次報告書によると、網商銀行は18年末までに中小企業や未公開企業のオーナー1230万人に融資を実行した。
テンセントの出資を受けているネット銀行「微衆銀行(WeBank)」も、中国の中小企業への融資を拡大している。企業価値が推定210億ドルの同行によると、中小企業の顧客(従業員は平均10人)の66%が初めて金融機関から融資を受けるという。
これは膨大な顧客基盤と技術力をテコに金融機関を取り込んだアントとテンセントのフィンテック戦略のさらなる事例だ。特に、網商銀行は中国国内の40以上の銀行と提携しており、資金の最大8割を利益共有協定によりこうした提携銀行から回収している。
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