今日も走ろう(鏑木毅)

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人生後半の再挑戦 納得できる闘いに共感の輪

2019/11/21 3:00
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8月に「50歳で世界最高峰のUTMBを目指す」という3年がかりの「NEVER」プロジェクトが終わった。これまで応援してくれた方々に感謝の気持ちを込め、今回のチャレンジを映像紹介も交え報告するトークイベントを行っている。

UTMBのレース動画上映会の参加者と(10月、東京都新宿区)

UTMBのレース動画上映会の参加者と(10月、東京都新宿区)

数年前にプロジェクトを検討し始めた際には、具体的な順位やタイムを目標として示さなければ記事にならないと言われ、かつて3位になったのに今さら衰えたみっともない走りをすれば、せっかくの経歴に傷がつくからやめた方がいいとアドバイスされたこともあった。

それらはすべて皆さんが私のことを心配し助言してくれているのだと十分理解できた。それでもあえて挑戦したのは、そこに自分なりの考えがあったからでもある。

高度経済成長期に生まれた我々の世代は、子供の頃から何かにつけ競争し続けてきた。常に人より上を目指すことが美徳と考えられ、受験は狭き門、社会に出てからも常に人よりも先んずるよう努力を強いられた。バブル崩壊後の30代から40代にかけては社会が大きく変貌する状況に戸惑いながらも、その都度受け入れてきた。

ところが50歳ともなると人生の着地点が何となく見えてくるようになる。活躍できる残りの時間はさほど多くない。それなら今までとは違う価値観に従って生きてみたいと心に夢を抱く人も少なくないのではなかろうか。

私自身、走ることに関して全盛期は勝つことが全てだった。スポーツ選手とは結果が絶対であり、勝利や記録といった成果を残さないアスリートなど無用の長物とすら思っていた。だがこの歳になってみて初めて、競うこと以上に自分が心から納得できる挑戦をしたいという思いが芽生えたのである。

実際、今回のUTMBのレースはかつてないほど苦しい闘いとなった。あまりのつらさに途中でいったんは投げやりになった瞬間もある。もがき苦しんだレース後半に私を救ってくれたのは、今まで応援してくれた多くの人たちの顔や声であった。だからこそ、そうやって励ましてくれた人たちにトークイベントなどで再び会えることが、何よりもありがたく楽しい。

イベントでは、同世代の方々からとりわけ応援してもらっていたことを再確認した。私のUTMB再チャレンジに触発され、走ることに限らず「新たな自分の可能性を試したくなった」という声や、「まだ自分にも何かできるはずだという自信を得られた」などの感想を聞くにつけ、今回のプロジェクトが何らかの形で皆さんの心に届いたのだと実感した。実際、このような声にいつも勇気をもらいながら頑張れたし、今後もきっと自分という人間はそうあり続けるのだろう。

ただレースについて振り返るうちに過去を語る自分自身に早くも戸惑いを感じ始めている。人間とは不思議なもので、つい2カ月ほど前のUTMBのゴールでは打ち震えるような感動を味わったのに、もう既に私の中で少しずつ熱を失っているのがわかる。

挑戦は次なる挑戦を生むという。多くの手助けをエネルギーに変えて次の目標に向かって進む道は一体どこにあるのか、模索している。

(プロトレイルランナー)

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