大阪市、8つの渡し船健在 今も年160万人利用
とことん調査隊

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/11/19 7:01
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渡し船で川を渡る――。時代劇の風景かと思いきや、大阪市内には今も8つの渡船場があり、市民の足として使われていると聞いて驚いた。調べてみると、渡船場を巡るサイクリングツアーなど観光スポットとしての人気も高まっており、年間の利用者は約160万人に上るという。なぜ大阪のような大都市に渡し船がいまだに残っているのか。理由を探ると工業地帯ならではの事情が分かってきた。

11月12日の午前8時、大阪湾に注ぐ尻無川の甚兵衛渡船場を訪れると、自転車を押す人が行列をつくっている。出港時刻を待つ通勤・通学の乗客たちは、船員がゲートを開けると待ちかねたように次々と船に乗り込む。作業服を着た人や学生が多く、乗客は9割方自転車を押していた。

「ゴゴゴ」という豪快なエンジン音とともに船員が船を岸から離すと、船は大きく旋回し対岸へ向かう。船内は通勤時間帯の電車のように混雑し、会話はほとんど聞こえない。わずか1分ほどで着岸すると、乗客は慣れた様子で自転車を押し、船を下りた。記者にとってはわくわくする「船旅」も住民にとってはありふれた日常のようだ。

大正区側から港区側へ渡った小西一功さん(72)は、渡し船を利用して自転車通勤をしている。「対岸に行くのに橋を通ると坂がきついし、車で行くのはとても面倒」と小西さん。渡し船を利用しなければ会社まで20分ほど余計にかかってしまうといい「昼食を食べに帰るときも渡し船を利用する。生活に欠かせない」と話す。

渡船場を所管する大阪市建設局によると、8つの渡船場は港区、大正区、住之江区などにあり、歩行者と自転車の運賃は無料。買い物や通勤通学の手段として地域住民が日常的に利用しているという。

同局によると、大阪では江戸時代から民間の渡し船があった。1907年に市による公営事業に移行。最盛期には31カ所の渡船場で年間約5700万人が利用していたが、橋や道路が整備されると徐々に廃止され、現在の8つの渡船場が残ったという。東京都内では、細川たかしの歌で知られる「矢切の渡し」(東京・葛飾)が唯一現存する渡船場だが、「住民の移動手段より観光名所としての側面が強い」(葛飾区観光課)。

大阪市に今も渡し船が残っているのは川沿いの工業地帯ならではの事情がある。渡船場はどんなところにあるのか。訪ねると、近くに橋が架かっている場所もある。住民がなぜ近くの橋を渡らないのか疑問に思ったが、よく見ると橋はかなりの高さだ。小西さんが言っていたように、自転車や徒歩で上るのは一苦労だろう。川沿いには造船所や鉄工所などが立ち並び、「大型船が通る川では、歩行者向けの低い橋が架けられない」(市の担当者)という。

「昔ながらの渡し船の文化を多くの人に知ってほしい」。大阪市大正区の旅自転車専門店「ナニワ銀輪堂」では、渡し船を巡るサイクリングツアーを不定期に開催している。直近では、23日に開催予定。参加費は無料で、JR大正駅に集合し、渡し船を乗り継ぎながら、地元の観光名所や飲食店を巡る行程だ。手数料500円で、渡し船を巡った「認定証」も発行する。店主の中元豊仁さん(54)は「昔に比べて船の利用者は減った。ツアーが少しでも地元の振興に役立てば」と話す。

ところで、「認定証」はツアーに参加しなくてももらえる。取材のため、記者は徒歩で全ての渡船場を巡ったのだが、証拠となる写真と引き換えに「認定証」を受け取った。徒歩で全ての渡船場を踏破するには5時間超かかりくたくたになったが、海風が感じられる道を自転車で走るのは気持ちよさそうだ。本格的な冷え込みの前にサイクリングでの「船旅」はいかがだろう。

(札内僚)

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