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米山稔氏が死去 ヨネックス創業者

スポーツ用品大手、ヨネックス創業者の米山稔(よねやま・みのる)氏が11月11日午前10時12分、老衰のため新潟県内の病院で死去した。95歳だった。連絡先は同社総務部。お別れの会を行うが日取りなどは未定。喪主は長男で同社会長の勉氏。

新潟県出身。1946年に同県内で木製のウキの製造・販売を始め、57年からバドミントンラケットの生産に乗り出した。翌年、米山製作所を設立。ゴルフクラブやテニスラケットの生産にも事業を広げた。82年に現在の社名となり、90年に本社を東京に移した。

女子テニスのマルチナ・ナブラチロワ選手、伊達公子選手ら多くのトッププレーヤーと契約を結び、同社を世界的なメーカーに成長させた。ヨネックススポーツ振興財団の設立にも携わり、スポーツの振興にも尽力した。

2005年4月、日本経済新聞に「私の履歴書」を連載した。

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