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札幌変更「仕方ない」 スポーツ界でお人よしの日本

ドーム社長 安田秀一

酷暑のドーハで開かれた世界陸上では途中棄権者が続出した(男子20キロ競歩でゴールした選手たち)=ロイター

東京五輪のマラソンと競歩が札幌で開催されることになりました。国際オリンピック委員会(IOC)が突然、会場変更を言い出し、問答無用で決めてしまいました。その強引な態度に怒りや反発を感じる人も多いでしょう。ただ米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏は、その経緯を「仕方ないよ」と話します。スポーツビジネスに詳しい同氏が日本スポーツ界の現状に斬り込みます。

◇   ◇   ◇

東京五輪のマラソンと競歩の開催地が約800キロ離れた札幌に変更されることになりました。東京都の小池百合子知事は「合意なき決定」と最後まで納得せず、IOCの強引なやり方を批判する意見もあります。ただ、僕に言わせると「それは仕方ないよ」という理解になります。

ルールはIOCが作っている

酷暑のドーハで開催された陸上の世界選手権で途中棄権が相次ぐなどの惨状を教訓とし、五輪ブランドのイメージ低下を恐れたIOCが開催地変更をしたのは賢明な判断だと思えます。もとより、IOCは最初から競技場所を変更する権限を持っています。つまり、日本は五輪のために土地を貸してあげているだけで、大会を作っているのもルールを作っているのもIOCなわけです。その大会や定めるルールが気に入らないのであれば、そもそも「招致しない」や「出場しない」という選択をすればいい、ということです。これは、日本高等学校野球連盟(高野連)の運営に異議がありつつも、甲子園大会に出場したいから高野連に加盟し、その運営方針やルールに従って試合に出場する、という構図と同じです。

高野連の運営が気に食わなければ、同じ考え方の高校が集まって、甲子園大会に対抗する野球大会を自分たちで作ってしまえばいい話です。

ですので、東京五輪についても、IOCの運営が気に入らなければ、最初から五輪に参加しなければいいし、開催地として立候補しなければいい、ということなわけです。例えば、国や都市ではありませんが、国際サッカー連盟(FIFA)は、五輪にA代表を出場させない、という選択をとって、自らが主催する「サッカーワールドカップ」の価値を高めています。

もし、日本代表サッカーチームが、本気で東京五輪で金メダルが欲しければ、FIFAの取り決めに逆らって、A代表を送り込むことを考えてもいいかもしれません。もし日本サッカー協会が「ワールドカップより五輪の金メダル!」と決めたとしたら、FIFA主催のワールドカップ出場を断念する代わりに、東京五輪にA代表を送り込むことを認めてもらうように交渉することは可能かもしれません。

めちゃくちゃな議論を展開したいのではなく、上の事例はルールは「従うモノ」ではなく、「作るモノ」ということを、より具体的に考えるための「頭の体操」です。

つまり、ルールに従うことを前提に開催地に立候補した東京が、IOCに文句をいうこと自体がナンセンスだし、そんな前提の公開討論など見せられたところで、むなしさしか感じることができません。

主観で恐縮ですが、日本人はルールを「作る側」ではなく「従う側」ばかりにいる、という現実に鈍感すぎると思っています。どこかの誰かが、今日この瞬間にも重要なルールを作っているわけで、日本人も決められたルールに文句を言うのではなく、ルールを作る側になる、つまりIOCの会長や、札幌移転を決める調整委員のトップを目指すべきだと思うのです。

賭博用語を使うのは適切でないかもしれませんが、IOCを胴元と考えればいいでしょう。賭博場で最も稼ぐのは胴元です。本当に稼ぎたい連中は胴元になろうとする。でも、日本人はカジノで遊ぶことに夢中になりすぎていて、胴元からは「カモ」と思われているかもしれません。世界のスポーツビジネスの中心人物たちと比べて、日本人は「お人よし」すぎると思います。それが日本人の良いところでもあるのですが。

ラグビーW杯はパブリックビューイング会場でも盛り上がった

先日まで日本で開催されたラグビーのワールドカップ(W杯)も同じです。日本のラグビー関係者が必死に汗を流し、大成功したと言っていいでしょう。しかし、収入のほとんどは国際統括団体のワールドラグビー(WR)に入り、日本ラグビー協会がもうかったわけでも、選手に多額の報酬が届いたわけでもありません。IOCやWRに入った資金は、競技の普及や発展のために各国の組織に分配されます。とはいえ、それを仕切るのも胴元であるIOCやWRです。結局、胴元が権力を握り、それ以外は従うことになります。胴元は誰か? 日本の選手たちが大いに存在感を示したわけですから、運営する日本人も胴元の中にグイグイ入っていってもいいのではないでしょうか。

東京五輪の計画は場当たり的

それにしても、東京五輪は次から次に問題が浮上してきますね。マラソンだけでなく酷暑の問題はどの競技にも共通している課題です。同時に、今年大きな被害をもたらしたような大型台風が、五輪を直撃するリスクも無視できません。五輪終了後にも、負のレガシーとなるであろう、新国立競技場をはじめとする新設会場の赤字をだれが負担するのか、という議論も避けられないでしょう。

こんな状況を見て、僕は中身がなくなる直前の歯磨き粉のチューブを連想しています。使い始めはどこから搾っても快適に中身が出てきます。でも、最初から適当に搾っていたら、最後の最後に苦労するのは明確ですね。皆さんも、チューブの最後ひと搾りに苦労して「もうちょい前から丁寧に搾っておけばよかったなぁ」と思うこと、あるのではないでしょうか。

東京五輪も同様で、最初に招致ありきで採算や自然環境など詳細を詰めることなく、大ざっぱな感覚で場当たり的に計画を作ってしまったように見受けられます。

本来ならまず五輪を開催する意味、目的について大きな議論をし、五輪後の東京の街をイメージして、明確なビジョンを設定し、細部の計画を詰めていく必要があったのです。

事実、東京は2016年大会から五輪開催地に立候補していました。「平和に貢献する五輪」をコンセプトに、国立競技場ではなく、晴海地区に新設の五輪スタジアムを建設する予定でした。リオデジャネイロに敗れた東京は、2020年大会にも引き続きチャレンジをします。今度はいつの間にか「復興五輪」となり、ラグビーワールドカップでの使用予定も重なって、ザハ・ハディド氏設計の新国立競技場の建設予定図をもって、招致に挑みました。

今となっては、復興五輪という名目も、ラグビーワールドカップでの使用も、ザハ・ハディド氏の設計も、どこかへ消えてしまいました。

持論を展開させてもらえるならば、2020東京五輪は「サステナブルな五輪、サステナブルな東京」というビジョンをもって、「エコシステムを創出するコストパフォーマンス最重視の大会」にすべきだ、とずっと考えていました。

少子高齢化、そして基礎的財政収支の巨額な赤字に苦しむ我が国です。スポーツを通じて、人々を健康にし、社会保障費を引き下げ、健康寿命を延ばす。1964年大会にて使用した数々の既存施設を改修して使用することで建設費を最小限に抑えつつ、既存施設の近代化を実現する……など、世界的な課題である「都市のサステナビリティー」を体現する「新しい五輪の形」を東京から定義づけられたのに……。そうしたらめちゃくちゃカッコ良かったのにぃー! と、今でもそう思ってクヨクヨしています。なので、やり場のないモヤモヤ感をこのコラムに吐き出させてもらってます。(笑)

そうであれば「おもてなし」などではなく「もったいない」というフレーズが最適になって、コストを最重視した真のレガシーをたくさん残せたかもしれません。

そのように根本となる理念やビジョンを生み出すには、世界のスポーツビジネスに精通し、経済と政治にもある程度の力を発揮できるリーダーが必要です。12年ロンドン五輪にはセバスチャン・コー氏(63)がいました。元陸上中距離のスター選手であり政治家、そして企業の経営者でもありました。彼はロンドン五輪では招致委員会、組織委員会の会長を務めました。前回のこのコラム(「MGCで実感 W杯・五輪、日本スポーツ変革の好機」)でも紹介しましたが、現在は国際陸上競技連盟の会長です。もちろん胴元になることの意味も熟知しているでしょう。残念ながら日本には彼のような力のあるリーダーは不在です。

世界のアスリートは40年も50年も前から、自分の競技団体の課題や政治、あるいは社会問題に関わる発言をすることをまったく恐れなくなっています。そんなアスリートが日本でなかなか登場しないのは、スポーツ界にまん延する縦社会、年功序列体質とも関係しているのでしょう。「余計なことを考えずに競技に集中しろ」「代表に選ばれたかったら言うことを聞くように」などと言われつづけ、出る杭(くい)は打たれてしまうからだとも思います。

フェンシングの太田雄貴氏は剣先の軌道をモニター(上)に映すなど、競技の面白さを伝えるアイデアを次々に出している(11月3日の全日本選手権)=共同

ただ、最近はフェンシングの太田雄貴氏(34、日本フェンシング協会会長)、スキーの皆川賢太郎氏(42、全日本スキー連盟常務理事)のように、ビジネス感覚に優れ、組織を変革しようと取り組むアスリート出身の若手リーダーが台頭しつつあります。先日はマラソンの大迫傑選手(28)がSNSを通じて、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)に賞金がなかったことに疑問を呈し、自分自身で新たな大会を創設したいと表明して話題になりました。ようやく自ら動き出すアスリートが出てきたようです。

行き過ぎた商業化に危機感か

一方で、商業主義を一直線に貫いてきたIOCが直接的な経済効果よりも「安全性」を優先して、札幌移転を強行した、という事実も見逃すことはできません。行き過ぎた商業化に危機感が働き、社会構造が少しずつ「人を大事にする」方向に傾いてきている兆しとも思えます。

そうなれば「お人よし」だった日本人の謙虚な姿勢が、国際社会における模範的な態度(アティチュード)となり、期せずして胴元に近づけるかもしれません。太田氏も、皆川氏も、大迫選手も、SNSの発信をみていると、自分の利得よりも利他の精神を強く感じることができ、自然と共感が芽生えてきます。

五輪の本当の戦いの場は、競技場ではなく「胴元の取り合い」という現実を直視すること。そしてその胴元やリーダーには真摯さ(インティグリティ)が、より問われる時代となってきました。東京五輪を通じて、そんな日本人の素晴らしさが客観的に浮かび上がってくることを、ひそかに期待しています。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

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