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柔道のきっかけは谷亮子さん 20年続いた巡り合わせ
柔道 福見友子(2)

Tokyo2020
(1/2ページ)
2019/11/20 5:30
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福見友子は子どものころから「五輪で金メダル」と思っていた(2019年10月、東京都品川区のJR東日本柔道部柔道場)

福見友子は子どものころから「五輪で金メダル」と思っていた(2019年10月、東京都品川区のJR東日本柔道部柔道場)

柔道女子日本代表でコーチを務める福見友子(34)が柔道に興味を持つきっかけは1992年バルセロナ五輪だった。女子の柔道を伝えるテレビの画面に目を奪われたという。そこで最も輝いていたのは、その後幾度となく福見の前に立ちはだかる谷亮子(44、旧姓・田村)だった。今回は福見が、48キロ級で君臨し続けた女王・谷との関わりの中で成長していく姿を描く。(前回は「ママでも五輪コーチ YAWARAちゃんに2度勝った柔道家」

◇   ◇   ◇

7歳の女の子は、テレビで見るオリンピックに夢中になっていた。まだ柔道を始める前のバルセロナ五輪であるから、他にも興味を抱く競技はいくつもあったはずだ。しかし、くしくもこの大会から正式に新種目となった女子柔道に、福見友子はくぎ付けになっていた。

「こんな舞台で、体の小さな日本選手たちが活躍するなんてすごいなぁ」

瞬く間に魅了されたオリンピックと、そこで躍動していた、まさに「もっとも体の小さな女子選手」谷亮子(当時田村)、その2つの存在が、20年にわたり、自分の人生に大きく関わり、壮絶な戦いを繰り広げようと思うはずもなかった。

柔道に熱中していた様子に、母は翌年、「しつけや礼儀を覚えるためにも、武道を習うのがいいかもしれない」と、自宅近くの町道場へ娘を連れて行った。兄はバスケットボールをし、姉はクラシックバレエを習っている。末っ子ならどちらかに付いていきそうなものだが、兄とも、姉とも違う柔道を8歳は喜々として選択した。

「母は、体を動かすのが得意だった私を見ていて、これはクラシックバレエ向きではないな、と思っていたようです。私も畳の上ででんぐり返しをしたり、マット運動したりするのが楽しくって仕方ありませんでしたね。面白いことに、礼儀を身に付けるためにお稽古ごとに通っている感覚なのに、一方で、柔道でオリンピックに出て絶対金メダルを取るんだ、と、何も根拠がないのに強く思っていました」

柔道は、お稽古ごととして始めたと、福見は笑って振り返る。

指導をした土浦体育協会柔道部の柘植俊一は、ほかの子どもとは少し違い、懸命に考え、熱心に稽古に臨む姿に将来を予見していたようだ。通い始めた頃に教えられた技は背負い投げだった。

■テレビで見た人の前に

地元土浦で進学した土浦第六中学校には柔道部がなく、母親が、同級生の母親と2人で校長に直談判し創部された。練習は、同級生の父親が監督を務めていた土浦日大高校で積む。すぐに頭角を現し、2000年、大分で行われた全国中学柔道大会で初めて優勝を果たす(48キロ級)。

翌01年にも、全日本ジュニア体重別で優勝。順調に戦績を重ね、48キロ級のホープとしても大きな注目を浴び始めるようになっていった。テレビの中の五輪にただ憧れていた少女は、バルセロナ五輪からちょうど10年後の02年、まるで運命の糸に導かれるかのように、谷亮子の目前に立った。

それも畳の上で。

02年の全日本柔道選抜体重別選手権(48キロ級)1回戦、土浦日大高校2年の4月、福見はシニア大会への出場をかなえ、1回戦で、当時00年シドニー五輪で悲願の金メダルを獲得するなど65連勝中、日本人に12年間負けなしだった無敵の谷と対戦する。その時の喜びがどれほどのものだったかを示すように、今でも少し顔を赤くし、高揚感を漂わせながら話す。

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