新しい国づくりの理念、文化にこそ 橿原考古学研所長 青柳正規さん
未来像

■奈良県立橿原考古学研究所(橿考研)の6代目所長に8月、元文化庁長官の青柳正規さん(74)が就いた。専門は古代ローマ文化など西洋の古典考古学。意外な起用が注目を集めている。
声がかかったとき私も驚いた。思い浮かべたのが、考古学を手ほどきしてくれた奈良文化財研究所の元所長、坪井清足さんの顔。きっと「いいじゃないか」と賛成してくれる、と考えて引き受けた。
現代は何事もネットを活用するか否かが分岐点だ。奈良では無住の社寺が増え、どう保護するかが課題になっている。ICチップやセンサーを付けて異常時に地元にネットで知らせたり、社寺を訪ねた人に画像を送ってもらい資料を蓄積したりしてはどうか。草の根で文化財を守る意識を醸成し、奈良をこの分野のトップランナーにしたい。
■日本の考古学者も世界で勝負するよう呼びかける。
育ったのは東京・世田谷。研究の原点は小学生のころ、近くのカトリックの神学校で開かれた日曜学校だ。月1回ほど、日本語の上手な外国人の神父が美術全集を開いて物語を聞かせてくれ、ラテン語も教えてくれた。外国語への恐れが取り除かれ、西洋文化への憧れが育まれた。
半世紀にわたりイタリアで発掘を続けている。ポンペイ、シチリア、タルクイニア。今はベスビオス山の北麓を調査中だ。大学ではギリシャ・ローマの美術史を学びポンペイの壁画を研究していたが、住宅へ、古代都市へと関心が広がった。欧州の学者と競争するために一次資料を見つけようと、発掘調査を始めた。
日本考古学も、海外の方法論を一部採り入れて同じ舞台に立って論争をすれば、縄文や弥生文化の研究など海外からさらに注目されて世界史上の意義付けが深まるはずだ。研究成果を他国語で著すのは効率が悪く大変だが、自分を育てることにもなる。

■2020年東京五輪組織委員会の文化・教育委員会委員長などを務め、文化プログラムで地域振興を目指す。
地方は血流が滞り、しもやけ状態だ。早急に手を打たないと、やがて日本全体が悲鳴を上げる。五輪の文化プログラムでは地域の伝統や文化に光を当て魅力を再認識し、観光以外にも多様な効果が生まれている。五輪を地方の活性化に少しでもつなげたい。
関西は歴史的、文化的、経済的に豊かで地域ごとに特徴がある。この多様性こそ強みだ。だが同時に、京都だけがオーバーツーリズムに陥るなど、ダイバーシティの良さと悪さが両方露呈している。
■従来型の経済振興策に疑義を唱える。文化庁の京都移転にも反対してきた。
移転には今も反対だ。他の省庁が文化に関連して盛んに情報を集め政策立案能力を磨いているのに、肝心の文化庁は東西に分かれ、人手不足で機能不全に陥っている。このままでは草刈り場になる。
いまや経済を経済で充足させるのは無理筋だ。文化、福祉、環境などを推進し、結果として経済を拡大させる面倒な手立てを採るしかない。この点で2025年に迫った大阪万博もコンセプトがよく見えない。大風呂敷を広げているが本当に実行できるのか。
日本は社会システムを早急に組み替える必要に直面している。だが存在するのは経済原理だけで、新たな国づくりの理念に欠ける。この難局では、我々が生きる日本列島の歴史や文化へのきちんとした認識が重要だ。奈良は最初の国家形成の地。地域に根を生やす橿考研が調査研究を踏まえて古の人々の理想と意気込みを発信すれば、多くの人が日本を考え直す契機になる。
橿考研の所長となり、関西の地に足を付けて現場から諸問題に声を上げるつもりだ。
(聞き手は編集委員 竹内義治)