京都の「私設圖書館」、静粛な学び見守り46年
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2019/11/14 7:01
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落ち着いた空間で、利用者は勉強をしたり読書をしたり思い思いに過ごす(京都市左京区の「私設圖書館」)

落ち着いた空間で、利用者は勉強をしたり読書をしたり思い思いに過ごす(京都市左京区の「私設圖書館」)

京都市左京区。京都大学の東側、今出川通のバス停脇に、「私設圖書館」の看板を掲げた民家がある。落ち着いて読書や勉強、思索ができる場所をと、館主の田中厚生さん(72)が妻の園子さんと1973年に開設した。「一人だけど一人ではない」静粛な空間は、時に孤独な受験生らをずっと見守ってきた。

聞こえるのはページをめくる音と換気扇の音。そして人の気配。目を上げると「ソフィーの世界」「近現代ヨーロッパの思想」といった本の背表紙が並ぶ。木の古机に向かう利用者は受験勉強をしたり一人将棋をしたり。明かり取りの窓は防音用に二重のガラスがはめこまれ、たまに停車するバスの屋根が見える。平日午後の私設圖(と)書館。次第に席が埋まってくる。

民家を改装した「私設圖書館」(京都市左京区)

民家を改装した「私設圖書館」(京都市左京区)

■本読める場所を

借家の図書館は2階建て42席。平日は正午から、土日祝日は午前9時から、翌日午前0時まで開いている。平日は2時間以内260円で入退室は自由。お茶のほか、コーヒーか紅茶もつき、新聞や雑誌、漫画も置いてある。寄贈が多い単行本は貸し出しもする。

京都大を卒業後、自分の道を決めかねていた田中さん。園子さんの祖母が長年住んでいた借家の一角で図書館を開こうと思いついた。当時、公共図書館は早く閉まり、静かにゆっくりと本を読める場所がなかった。受け付けをしながら自分も本を読めて、少しはお金も入る空間を考え、「私設圖書館」と名付けた。

開館後は利用者の求めに応じて手を加えてきた。各座席の前と横にすりガラスを入れ、スペースを増やし、禁煙にした。無料Wi-Fiも入れた。46年間の利用者は少なく見積もってものべ五十数万人に上る。

30年ほど前は入学試験や司法試験、公務員試験などの受験生が多かったが、最近は働く場所を選ばないノマドワーカーがパソコンを持ち込み、小中学生も目立つ。「京大生らが熱心に勉強する姿を見せたい」という親の口コミもあるようだ。近所の小学6年生(11)は「5年生の時から50回は来ている。今日は塾の勉強。他の人が勉強する姿が参考になる」と話す。

「静かで勉強がはかどる」。龍谷大2回生(20)は秘書検定の勉強に来た。

■自由帳に思い出

自由帳に利用者が記した思いが積み重なっている。「皆さんの夢が詰まった場所ですね」「館の方、来館者皆様がこの空間を創造する努力をされている。前向きなエネルギーがどこかから返ってきます」。大学受験や司法試験の合格者によるお礼の書き込みも多い。かつて利用した父親が子供を連れてきて、変わらない雰囲気に驚く。知的ながら柔らかい雰囲気は、年月を重ねる中で自然と生まれてきた。

田中さんはスタッフと交代で受け付けに座る

田中さんはスタッフと交代で受け付けに座る

全共闘世代の田中さん。学生運動には参加しなかったが、「普通の社会ルールを守りながら、自分しかできない生き方、型にはまらない生き方をしたい」と、この道を選んだ。低料金を維持するため、15年間、会社勤めもし、不動産鑑定士の資格も取った。

46年間続けてきて「人が真剣に勉強する姿は本当に美しい」と思う。「日本国もこうした人たちが支えてくれるのだなと。知識を蓄えて理解を深めることが戦争を回避し平和な世界を導くのにつながるなら、自分のやってきた方向は間違っていなかったと思う」と語る。自由帳には「この場所がいつまでもあり続けることを願っています」という言葉があちこちにつづられている。

(編集委員 宮内禎一)

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