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進む野球の機械判定 「印象派」の観点なくす恐れ

編集委員 篠山正幸

野球の判定に、どこまで「機械の目」を導入すべきか――。改めて考えさせられる場面が、ナショナルズとアストロズが"世界一"を争った今年のワールドシリーズで見受けられた。

2勝2敗で迎えた第5戦(10月27日、ナショナルズパーク)。アストロズ打線が3本塁打と爆発し、7-1と王手をかけることになるこの試合。四回、アストロズの7番、カルロス・コレアの2ランは微妙な判定で三振を免れた末のものだった。

カウント0-2と追い込まれてからの3球目は外角ぎりぎりのスライダーと思われる変化球。これがボールと判定された。ファウルで粘ってからのカウント1-2からの外角球もボール。3球目がボールならこの球もボールだろう、というコースではあったが、いずれもストライクといわれればストライク、という球だった。

コレアは7球目をとらえて左翼への2ラン。アストロズにとっては2-0から4-0とリードを広げる、大きな一撃となった。

すでに2死となっていたので、三振であればチェンジ。試合は一方的なものにはならず、全く様相が違っていたかもしれない。

この試合の球審は特に外角球の判定が辛く、両軍投手とも泣かされたのは間違いない。他にも、あれっ?という判定があり、現地でも厳しい論評があったようだ。

ただ、この際注目すべきは、個々の判定の問題ではなく、こうした事例が起こることによって、ストライク・ボールの判定にもいっそ、センサーなどを駆使したシステムを導入すべし、という議論に拍車がかかるのではないか、という点だ。すでに米国ではマイナー組織の実戦を舞台とした機械判定の実験も行われており、夢物語ではない。

機械の目、味も素っ気もない面も

自動車の自動運転技術の開発は、空間把握や他の移動体の探知など、人間の知覚能力をはるかに上回るようなセンサー領域の飛躍的な進歩を土台としている。ストライク・ボールの判定などは、その技術の一端を拝借するだけで、可能になるのではないか。

一方、機械の目は味も素っ気もない、という面もある。

日本ハム対広島の顔合わせとなった2016年の日本シリーズ。第2戦で日本ハムの左翼・西川遥輝が本塁好返球をみせた場面で、いったんアウトとされた判定が、ビデオによる検証の結果、セーフに覆った。

審判も思わず「アウト」と手を挙げそうになるくらいの美しい返球だった、というと審判に怒られるだろう。「思わず手を挙げた」とか、そういうレベルで判定はしていない、と。

ただ、このプレーの最終局面であるホームベース上のタッチプレーの「その瞬間」だけにフォーカスするのでなく、打球が左前に転がり、二塁走者が三塁を蹴って、という一連の流れでみたとき、確かに走者田中広輔の足もすばらしかったが、その走者を相手にクロスプレーまでもっていった返球の正確さも際だち、スリリングかつエキサイティングなプレー、との印象を残した。見るものに思わず「アウト」と言わせるような気迫に満ちたプレーだった。

野球には見るものに思わず「アウト」「セーフ」と言わせるような気迫に満ちたクロスプレーもある(「プレミア12」の日本―ベネズエラ戦)=共同

捕手のタッチが先か、走者の本塁への触塁が先か、という時間的、物理的な観点からのアウト、セーフは白黒はっきりしていて、ビデオの正確さに、疑いの余地はない。ただ、プレーの勢い、一連の運動全体で1個の"作品"ととらえた場合の評価、つまりいかにエキサイティングであったか、という人間ならではのエモーショナルな要素ははじかれかねない。

絵画と違って、スポーツに「印象派」は要らない、といわれれば、それまでだが、躍動感とか力感とか、感覚的な要素が排されたときに、スポーツの魅力が損なわれることはないだろうか。

ラグビーのワールドカップ(W杯)でも「テレビジョン・マッチ・オフィシャル」(TMO)、平たくいうとビデオによる検証が行われていた。

ラグビーW杯の準決勝、イングランド―ニュージーランド戦でTMOの判定結果を選手に話すレフェリー=ロイター

何か違和感を覚えたのは、モールのなかのボールの微細な動きがチェックされるのを見たときだった。

いや、決して微細な問題ではないから、そこまで徹底して検証したわけだが、大男たちが地響きをあげて走って、ぶつかりあって、それこそメガトン級の迫力の戦いを繰り広げているところに、たとえば1グラム、1ミリ単位の測定器具をあてて、測る感じ。そのちぐはぐさが多分、違和感のもとになったのだろう。

この違和感に通じるものが、野球のビデオによる検証にもある。ストライク・ボールの判定という、すべてのプレーの始まりになる部分を人の目に委ねる一方で、塁上のいちいちのアウト・セーフに科学的な正確さを求めるところには木に竹を接ぐような、どうにも釣り合いのとれない面がある。

今は過渡期、行き着くところは…

今は多分、過渡期にあるのかもしれない。ビデオによる検証には、誤った判定をただす機会をもたらし、結果的に審判を救う効果もある。野球では本塁打かファウルかといった部分において、ビデオは絶大な力を発揮するし、ラグビーでも、ラフプレーの確認などで「動かぬ証拠」を提供してくれる。

機械でなければ、という部分も出てきているわけで、議論はひと筋縄ではいかない。あと30年もすれば、スポーツの判定はすべて人工知能=AI任せで、100パーセントの正確性が担保され、人の目で裁いていた時代があったなんて信じられない、という話になっているかもしれない。

徹底的な機械化を進め、行き着くところまで行くのかどうか。いずれはその判断を迫られるときが来るだろうし、それはそう遠い将来のことではないかもしれない。

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