「82年生まれ、キム・ジヨン」が映す韓国社会の葛藤
ソウル支局長 鈴木壮太郎

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コラム(国際)
朝鮮半島
2019/11/7 23:00
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映画「82年生まれ、キム・ジヨン」のポスター=ロッテエンターテインメント提供

映画「82年生まれ、キム・ジヨン」のポスター=ロッテエンターテインメント提供

女性が日常的に経験する差別や苦悩を描いた小説「82年生まれ、キム・ジヨン」が韓国で映画化され、公開から2週間で観客数が270万人を超える好調な滑り出しをみせている。映画を見た幅広い世代の女性に共感の輪が広がる一方、女性が優遇されていると感じる若い男性は強く反発。韓国社会の葛藤を映している。

■若い男性に嫌悪感も

映画が公開された週末、さっそく映画館に足を運んだ。韓国で100万部を超え、日本でも翻訳され話題になったベストセラー小説の映画化だけに、スクリーン占有率は一時、25%を超えた。韓国でのすべての公開映画の4分の1をこの映画が占めた計算だ。観客は女性が多い印象で、夫婦や若いカップルの姿も。映画がクライマックスに差しかかると、あちらこちらの席から鼻をすする音が漏れた。

映画公開に合わせ、書店も原作を「今月の本」に選んで平積みに(6日、ソウル市内の書店)

映画公開に合わせ、書店も原作を「今月の本」に選んで平積みに(6日、ソウル市内の書店)

原作もそうだが、映画も女性の権利を強く主張するというよりは淡々と日常をつづっており、いわゆるフェミニズム映画という印象は受けなかった。だが、韓国では若い男性を中心に同作品への嫌悪感が強く、映画のレビューサイトでは公開前から不当に低い点数をつけて評価の星を落とす「評点テロ」が横行した。インターネット上には出演した俳優への悪口が書き込まれた。

なぜ若い男性はキム・ジヨンを嫌うのか。1990年生まれの男子学生に聞いてみると「80年代生まれならともかく、僕らの世代は男が優遇されているなんて全く感じない。むしろ逆じゃないかといいたい」と即答した。

■政界にも飛び火

葛藤は政界にも飛び火した。

「小学校時代は宿題を忘れただけでフルスイングでほおをたたかれ、青春期の22歳で軍に入隊して理不尽に罵倒され、身長180センチ以下なら(女性に相手にされず)敗者になる。このように(男も)根拠のない『男らしさ』を求められる人生を生きてきた」――。

与党「共に民主党」のジャン・ジョンファ青年報道官が10月31日、映画に関連し「差別に苦しむのは男性も同じ」との趣旨の論評を発表したところ瞬く間に炎上した。「政権与党の論評としてはあまりにお粗末」「フェミニズムへの皮相な認識をさらした」などの批判が寄せられた。論評はすぐに撤回されたが、20代男性の本音を代弁したといえる。

いまの20代は「男女平等」の価値観で生まれ育った世代だ。むしろ成績優秀な女性が就職でも優位に立ち、「女性イコール弱者」という発想はない。それなのに女性ばかりが守られていると感じている。

20代男性は女性の起用に熱心な文在寅(ムン・ジェイン)政権にも批判的だ。韓国ギャラップが1日発表した世論調査によると、19~29歳の男性の政権支持率は32%と、年代別では保守層が多い60歳以上(27%)に次いで低い。同年代の女性の支持率が56%と高いのと好対照だ。

映画館には女性の姿が目立つ(6日、ソウル市内の映画館)

映画館には女性の姿が目立つ(6日、ソウル市内の映画館)

■女性間でも論争

映画は同じ女性間の葛藤も浮かび上がらせた。

「おいしいごはんをごちそうしてくれたり、プレゼントを買ってくれたり、女性として幸せで楽しいことも多いのに、否定的なことだけに焦点を当てている。同じ女性として違和感を覚えた」。フリーアナウンサーのキム・ナジョンさんが自身のインスタグラムに映画を見た感想を書き込むと、反発の書き込みが殺到した。

多くは女性のようだ。「差別をなくそうと勇気を出して行動している多くの人々の努力に冷や水を浴びせた」などの批判が代表的だ。なかには読むに耐えない侮辱も多い。「大量の悪口の書き込みを読んで動悸(どうき)がして息もできず苦しい」。キムさんは32人を検察に告訴した。

映画を巡る女性の反応は世代によっても異なる。20代の学生は「結婚したくなくなった」と打ち明ける。「夫が家事を『手伝う』という言葉じたい、家事は女性の仕事であることを前提にしている。同世代の男の友達は『映画はおばあさんの時代の話だ』と否定するけど、全然変わっていない」と憤る。

一方で、子育てを終えた世代の女性は「私たちが経験し、乗り越えてきた話。私たちの世代よりは、だいぶましになってきた」と語る。性別や年代によって受け止め方は違っても、自身に照らして関心を寄せざるを得ない。その意味でこの映画が今秋最大の話題作なのは間違いない。

鈴木壮太郎(すずき・そうたろう)
1993年日本経済新聞社入社。産業記者として機械、自動車、鉄鋼、情報技術(IT)などの分野を担当。2005年から4年間、ソウルに駐在し韓国経済と産業界を取材した。国際アジア部次長を経て、2018年からソウル支局長。
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