日英の橋渡し、万博も見据え 在大阪英国総領事
未来像 セーラ・ウテンさん

関西タイムライン
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2019/11/6 7:01
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 セーラ・ウテン 1996年在大阪英国総領事館副領事、99年在名古屋英国領事館領事。英外務省での勤務などを経て、2013年から駐日欧州連合(EU)代表部参事官として東京に。16年10月に大阪の総領事に着任し、西日本を管轄する。

セーラ・ウテン 1996年在大阪英国総領事館副領事、99年在名古屋英国領事館領事。英外務省での勤務などを経て、2013年から駐日欧州連合(EU)代表部参事官として東京に。16年10月に大阪の総領事に着任し、西日本を管轄する。

■在大阪英国総領事館(大阪市)は西日本の29府県を管轄する。総領事のセーラ・ウテンさんは流ちょうな日本語を駆使し、経済や文化、スポーツなど幅広い分野で日本と英国の関係強化に取り組む。

簡単に言うと、自分の役割は日英両国の橋渡し。英国の代表として、必要なことは何でもやる。企業同士のパートナーシップの強化は柱の一つだ。関西や中部地方には英国に進出している大企業も多いので、丁寧できめ細かな情報提供は欠かせない。英国の商品を日本の市場に売り込む仕事にも力を入れている。

今年は両国にとって特別な年だ。英国発祥のラグビーのワールドカップ(W杯)が日本で開かれ、数多くの英国人が来日した。アイルランドとスコットランドが日本と対戦したのは少し困ったけれど、スコットランドのキャンプ地となった長崎を訪れた際は地元の温かい歓迎に接し、長崎の歴史や文化にも触れることができた。10月末には姫路城とウェールズのコンウィ城が「姉妹城提携」を結んだ。草の根レベルの交流を支え、深めるのも大切な役目だ。

■英外務省の職員だった父母のもと、3人きょうだいの長女として生まれた。

「出身は?」とよく聞かれるが、どう答えたらいいのかわからない。クウェートで生まれ、その後、スペイン、ハンガリーで暮らし、英国に初めて住んだのは6歳の時だった。様々な国の人々と交流し、多様な文化や習慣に触れて育った幼少時の経験は外交官を志すきっかけになった。

14歳ぐらいだった。父がマルタ共和国の領事だった時、ある英国人が逮捕された。複雑な事件だったが、父はその人のために奔走し、解放にこぎつけた。「外交官って、人の役に立つ仕事だな」と。大学時代は他の職業も検討したが、動機のない仕事はしたくなかった。父の影響もあり、外交官の道を選んだ。

■英外務省に入省後、日英を中心にキャリアを積んだ。1990年代に大阪の総領事館で副領事を務め、3年前にトップとして戻った。

前回は対日輸出の促進が担当だったが、総領事はもっと幅広く、戦略的に考えないといけない。直近では10月、英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)と大阪大が認知症などの共同研究を進める協定を結んだ。互いの得意分野を把握し、うまくマッチングできれば、先進国が抱える課題の解決に貢献する成果を生み出せるはずだ。

個人的には環境問題への関心が強い。英国は洋上風力エネルギーの活用で最も先行しており、関西の企業にノウハウを使ってもらえば地方の再生にも役立つと思う。神戸市は水素をエネルギーとして使う先進的な実証実験で知られる。英国は温暖化ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を立法化しており、神戸の実験などから多くのことを学びたい。

■25年には大阪で国際博覧会(大阪・関西万博)が開かれる。英国政府は誘致段階で大阪支持を表明した。

大阪の提案には高齢化社会への対応や人工知能(AI)の活用、環境に配慮したクリーンな成長にどう取り組み、未来の社会をつくるかという視点があった。いずれも日英両国に共通する課題だ。本国の外務省や駐日英国大使らと話し合った結果、大阪で万博が開かれれば必ず成功すると判断し、異例ではあるが公式に支持することになった。

3年前に総領事に着任して以降、大阪、京都、兵庫で開かれる経済界の新年互礼会に毎年、顔を出している。1年目はトップの発言が東京の話題ばかりだったが、今年は万博を見据えた前向きな話に変わった。日英の橋渡し役として、このよい流れが今後も続いていくことを願っている。(聞き手は江口博文)

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