シリコンバレーの女性幹部が示す リーダー育成の条件

世界の技術革新をけん引する米シリコンバレー。ただ、そこに居を構える企業にも、女性への偏見は残る。様々な壁を乗り越え、先端企業で活躍する現地の女性幹部は、どのように成長してきたのだろうか。今、リーダーシップをどう発揮しているのだろうか。インタビューを通じて、リーダーが育つ条件を探る。
キャリアのはじめにリーダー目線を獲得
「何のためにこの油田を掘っているのか、思い起こしてほしい」。米アラスカの油田で、28歳の女性監督が男性作業員を前に熱弁をふるっていた。もう四十数年も前のことだ。監督を務めていたのは、現在インテルでエグゼクティブ・バイスプレジデントとして品質保証を担うレズリー・カルバートソンさん(70)。石油会社BPに勤め現場監督となったものの、男性作業員から最初は無視され続けた。しかし諦めずに、説き続けた。

腹をくくった若き女性リーダーに、男性の作業員たちは変わっていった。カルバートソンさんが悟ったのは、人を管理するマネジャーと、ビジョンを説いて率いるリーダーは違うということだ。肩書がなくても、リーダーシップを発揮して人を引っ張っていくことはできる。「リーダーになれるかもしれない」。かすかな自信が芽生えたという。2年後にはインテルに転じる。インテルで40年にわたり活躍し続ける彼女の基盤はこのときに築かれた。
日本企業の米国進出も支援する米地方銀行バンク・オブ・ザ・ウエスト最高経営責任者(CEO)のナンディタ・バクシ―さん(60)の気付きも早かった。米国の銀行業界で女性のCEOはわずか2%にすぎない。今では従業員1万人以上を率いるバクシーさんの出発点は、ある地銀のパートタイム職員だった。

インドで生まれ育ち、母国で国際関係論の修士課程を修了後、米国で博士号取得を目指す夫に伴い移住した。母国での学歴を生かせるとは言えないポジションでも、気持ちは常に前向きだった。「銀行で扱う金融商品を売るように」。上司からの指示にも、ただ従うことはしなかった。顧客ニーズに必ずしも合うものではないと映ったからだ。銀行の顧客は何を求めているのか研究し、いつしか営業成績はトップクラスに入った。
結果を出せば、昇進への道は開かれる。でもバクシーさんは「キャリアを横へ横へと広げていくことを考えた」と振り返る。商品企画部門、支払業務と経験を重ねた。常に顧客目線を忘れない仕事ぶり。自然と周囲からリーダーを任されていた。
目の前の業務に取り組むだけでなく、この仕事がなぜ必要か、どんな意味があるのか、一段上の視点で考える。2人の姿はこの重要性を示している。
失敗は素直に謝罪、信頼関係を築く
涙を流すような悔しい局面での部下への振る舞いも、リーダーの真価を問われる。

クラウド上のデータ保管サービスを手掛けるドロップボックスで、コミュニケーション部門統括を務めるリンフア・ウーさん(49)。かつて勤務した危機管理会社で、部下に向かって深々と頭を下げたことがある。「これは100%私のミスです。二度とこのようなことがないようにします」と。
重要なクライアント企業のライバル会社から、仕事をうっかり受注したことが発端だった。クライアントは激高し、契約を打ち切られる事態に。「自分が恥ずかしかった、泣きたかった」とウーさん。パートナーという役職だった自分の責任だ。部下全員を集め、素直に謝った。でも卑屈にはならなかった。「誰も命を取られるようなことではない」と言い聞かせ、次の業務を進めた。

サンドラ・ホーニングさんはバイオテクノロジーの先進企業として知られるジェネンテックで、チーフ・メディカル・オフィサーとして5000人を率いながら、がんの新薬開発に取り組む。10年前、スタンフォード大教授・医師から転じた。がんの著名な治療医として知られていただけに、周囲は驚いたものの、ホーニングさんは「何かインパクトのある仕事ができるのでは」と期待したのだという。
しかし、周囲の目は温かいとは言えなかった。折しもスイスの大手製薬会社ロシュの傘下に入ったときのこと。ロシュから送り込まれた人だと、誰もが冷たい目で見た。会社の送迎バスでは、隣に誰もすわってくれなかったそうだ。そこでくじけないのが、リーダーだ。「医師として何が大切かは分かっている。患者のためになることをビジョンとして掲げた」。その姿勢が信頼関係を築くことにつながった。この10年で15種類の新薬を世に送り出している。
修羅場こそ成長の源泉

修羅場は胆力を磨く機会となる。ドロップボックスの最高顧客責任者、ヤミニ・ランガンさん(46)が成長したと実感した仕事は2つある。ソフトウエア大手、SAPで子育てとの両立に四苦八苦しながら、ブラジル、中国、インドなど世界中を駆け回ったことが一つ。その後勤めた人事クラウドソフトウエア会社、ワークデイでの営業体制構築が残る一つだ。株式公開に伴い、社員は900人から一挙に5000人に膨れあがった。その中でランガンさんは「早く成長したい」と考える人材を積極的に採用し、最前線に立ってもらった。営業チームが稼ぎ出した利益は公開前の4倍に達している。

アドビのバイスプレジデント、アシュレイ・スティルさん(43)は、39歳のとき不振事業の再建を任された。「早く利益をあげろ」というプレッシャーの中で、売り込み先をコカ・コーラ、電通、ナイキなどに定めた。誰もがワクワクするような大手企業を顧客に掲げることで、部下の士気を高める作戦だ。
顧客開拓の武器もつくった。「早く大量にビジネスコンテンツを作りたい」というニーズに応えるべく、大量の文章でも一つ操作をすればロゴの色をすべて変えられるような仕組みを構築。製品はこれまで2年ごとにアップデートしていたが、今は毎日、毎週と間隔を大幅に短くしている。220人いる部下を「成功し続けたいなら、変化を受け入れよう」と鼓舞する。
子育てと仕事を両立する
子育てと仕事の両立は世界共通の課題である。4人の子どもの母であるドロップボックスのリンフア・ウーさんは、3~4人目となる双子を出産した直後、罪悪感にさいなまれた。「働いてばかりで、一緒にいる時間がない」。思い切って仕事を辞めて専業主婦になったものの、1カ月もしないうちにつらくなった。仕事が生きがいと気づいたのだ。
「えーまた仕事するの。学校の行事に来てくれないのはママだけだよ」と口をとがらす子どもたちに、「ママは仕事が好きだ」ということをよくよく言い聞かせたという。成長した大事な経験だったとウーさんは振り返る。

一方、企業も変わってきた。アプリ配車サービスを手掛けるウーバー・テクノロジーズは、テレワーク、フレックスタイム、ジョブシェアリングなど様々な制度を用意する。チーフ・ダイバーシティ&インクルージョン・オフィサー、ボウ・ヤング・リーさんは午後6時には帰宅して、2人の子どもと夕食をともにして、その後テレワークをする。
彼女たちはリーダーとして必要な条件として、「インテグリティ」「オーセンティック」を挙げた。日本語に訳すなら、誠実で、全人格的。リーダーであり、会社の同僚であり、家庭人である――、大切にすべきことはすべて地続きだという。
世界最先端の技術を競うシリコンバレーで活躍するには、リーダーとしてビジョンを構築して部下をけん引するのは当たり前。根幹にあるのは、もっと普遍的なものだと、女性エグゼクティブたちは語る。
(淑徳大学教授、ジャーナリスト 野村浩子)
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